ワイナリー訪問」カテゴリーアーカイブ

Frascati, Casale Marchese

Frascati, Casale Marchese 2014/11/21

◆電車でFrascatiへ

2014年イタリアの旅は、ローマでイタリア語講座クラスメート4人が集結し、まる1日一緒に行動することになっていた。

そのメインイベントはFrascatiでのワイナリー訪問、待ち合わせ場所はテルミニ駅だ。

 

ほぼ時刻通りに4人全員揃う。

10時14分発のTor Vergata行きの電車は10分遅れて発車、約20分で到着。

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駅の写真を撮っている時、迎えの青年が反対側から声をかけてきた。

10時50分ワイナリー《Azienda Agricola Casale Marchese》に着く。ローマから近い!

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天気が良く、景色も良い。

 

◆眺望のあとは歴史

まず、当主夫人と思われるおば様のガイドにより、マルケージ館屋上からワイナリー周辺の景色を眺める。

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屋上からは辺り一面ブドウ畑だ。もちろん収穫は終わっているが『ワインがなっているよう』と一人が冗談をいう。

 

屋上から下りたあとマルケージ館の歴史について説明がある。

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その昔はチルコ・マッシモからの道路がここまで通じていたらしい。

我々全員がイタリア語を多少分かると連絡していたので普通にしゃべられ、とてもじゃないが理解できないところもしばしば。

そこはイタリア人を夫に持つクラスメートに補足してもらう。

 

おば様の次は背の高い男性(エノロゴか?)が担当、我々を案内してくれる。

タンク、樽、ボトルに詰めるところ、梱包場所など。

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イタリアでのワイナリー訪問は4ヵ所目、今まで訪れた中では規模が小さい方だ。

今年のボトリング、梱包はすべて終わっているようだ。

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◆テイスティング

そのあとは待望のテイスティング、館の外の小さな屋根のあるところでアウトドア気分。

金額(1人37ユーロ)にもよるのだが、白、赤各1種類のテイスティングとポルケッタ、生ハム、トマトのブルスケッタ、パンにオリーブオイル、ペコリーノチーズというつまみだ。

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ワインのサーブをしてくれるのはフィリピン人の女性、イタリア語はイタリアに来てから覚えたとのこと。

白、赤それぞれ3杯くらい飲んだかもしれない。

そのあとは、ワイナリー当主ご夫妻らと写真を撮ったりしてすごす。

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『帰りの足はどうなるかなぁ』と思っていたが迎えにきてくれた青年(どうも次男らしい)がフラスカーティの町まで送ってくれた。

 

 

◆ワイナリー《Azienda Agricola Casale Marchese》

クラスメートのご主人(イタリア人)にメールで予約してもらう。

http://www.casalemarchese.it/it/

http://www.movimentoturismovino.it/it/cantine/lazio/767/azienda-agricola-casale-marchese/

 

 

Barolo, Fontanafredda

Barolo, Fontanafredda 2006/9/13

◆ワインの王様《バローロ》のふるさとで2日連続のワイナリー訪問

Barolo フォンタナ・フレッダ 案内板

 

ヴィラ、ワイナリー・ツアーともHPからメールで予約していた。

ピエモンテの旅、6日目。ワイナリーFontanafredda内のヴィラVilla Contessa Rosaに泊まり、翌朝ワイナリー・ツアーに参加。

前日、Marchesi di Baroloでじっくりと見学、説明を受けていたので本来ここでは必要ないのだが、Marchesi di Barolo訪問が決まる前にここを予約していたため予定通り参加(3種類のワイン・テイスティング込みで一人8ユーロ)。

 

◆ 朝の散歩

朝食後、園内を散歩する。

Barolo フォンタナ・フレッダ ぶどう畑

 

バルバレスコのPIAZZOとは比べ物にならないとんでもない規模の大きなぶどう畑のようだ。すでに小型トラックに積まれたぶどうが売店手前の集荷場に何台もやってくる。

Barolo フォンタナ・フレッダ 集荷場に向かう車

 

道路をはさんだ反対側、すなわちヴィラの並びにはピンク色の小さな教会があり、その手前、門に近い方には季節労働者のためのものなのか宿泊棟が何棟か建っている。

ぶどう畑もすぐ側まできている。

フォンタナ・フレッダの語源となった池は逆にちょっと奥の方だ。くるみの木が多い。もう泉は出ていないようだが名残の祠がある。

Barolo フォンタナ・フレッダ くるみの木

Barolo フォンタナ・フレッダ 祠

◆ワイナリー・ツアー

ツアーは10時からで、ワイン・ショップ9時45分集合。

ワイン・ショップで待っていると前日ヴィラに入る際部屋の鍵のありかを教えてくれたカップルが一緒。

昨晩、食事の際に何かと説明してくれた若い男性がツアー・ガイドだ。

彼はフォンタナ・フレッダの由来から、とうとうとしゃべる。もちろん、Marchesi di Baroloとは違って英語だ。中々ワイナリーの中に入れない。

年間生産量は6万本、そのうち4万本がスパークリング、残り2万本がワイン、その80%が赤、20%が白。

Barolo フォンタナ・フレッダ コンクリート・タンク

Barolo フォンタナ・フレッダ ステンレス・タンク

大きな木の樽の産地はMarchesi di Baroloと同じくスラボニア産、小さなバリック樽はフランス産のオーク、これは3年使うという。毎年新しい樽を使うよりはコストがセーブされるということなのだろう。

Barolo フォンタナ・フレッダ 大樽②

Barolo フォンタナ・フレッダ バリック樽② Barolo フォンタナ・フレッダ 熟成中のバローロ

これ以外にも、というよりこれをはるかに超える説明を受け、見学を終え、細い地下道をくぐり抜けるとワイン・ショップの下に出る。そのまま上がり、ワイン・ショップのバールで試飲。

Barolo フォンタナ・フレッダ バールのセラー

 

セラーの中で樽から取り出したワインを味見するようなことをイメージしていたのでちょっとがっかり。テイスティングは3種類だ。

シャルドネ

 

Barolo フォンタナ・フレッダ テイスティング①

 

Diano d’Alaba, LA LEPRE

Barolo フォンタナ・フレッダ テイスティング②

Barbaresco, COSTE RUBIN

Barolo フォンタナ・フレッダ テイスティング③

 

赤は 、あとのほうがどっしりとしていてまろやかで美味しいように感じた。テイスティングは10時50分終了。

Villa Contessa Rosa http://www.villacontessarosa.com/

Barolo フォンタナ・フレッダ ヴィラ・コンテッサ・ローザ

 

Fontanafredda http://www.fontanafredda.it/

Barolo, Marchesi di Barolo

Barolo, Marchesi di Barolo (バローロ)2006年9月12日

◆ワインの王様《バローロ》のふるさとへ

今回のピエモンテの旅にワイナリー探訪という目的はあったものの、フォンタナ・フレッダ内のヴィラに泊り、ワイナリー見学を予約していただけだったのが、出発2週間ほど前になって、急に《マルケージ・ディ・バローロ》訪問の話が持ち上がった。

というのは、同行の弟がよく行く某イタリアン・リストランテで懇意のイタリア人シェフにピエモンテ行きを洩らしたところ、『友達がやっているワイナリーを紹介する』といってくれたからだ。その話を聞いて『それは有難い』とお願いし、こちらの日程を変えることなくアレンジしてもらった。

 

ピエモンテの旅、5日目、バルバレスコに近いアグリツーリズモからタクシーでバローロのワイナリーに向かう。

途中、小さな町の中を抜けて丘を登り、登りきったところあるカステッロ、グリンツァーネ・カヴール城で眺望を楽しむ。

 

◆Marchesi di Barolo

うまく時間調整を兼ねた観光をしたおかげでちょうど約束の11時にMarchesi di Baroloへ到着。

道路に面した入口、幅もそれほど広くない。

すぐ左に売店があり、弟が中に入って秘書の方を尋ねると若い女性が出てきて『彼女は今いないけど自分が対応することになっています』、『カフェ飲みますか?』(全部流暢な英語)。『はい』と答えると正面2階のテラス席に案内され、エスプレッソをご馳走になる。

 

そうこうしているうちに若い男性(日本人?)があらわれ、日本語で『すみません。遅れてしまって。案内をするCです。在日の韓国人です』と挨拶された。最初は本当に我が同胞かと思ったが、この挨拶を聞いて納得。彼がワイナリー工場を案内してくれることになった。東京育ちで三重県でぶどう作りを手伝い、その後自分でワインを造りたいという夢をもってイタリアに勉強にきているとのこと。アルバに住んでいてアルバの専門学校に学んで4年目だという。勉強しながらこのワイナリーでも修業をしているようだ。

◆醸造場とセラーを見る

まず、階段を下りて広場のぶどうをトラックから降ろしてから地下へ降ろす機械を見せてもらう(帰るころには丁度この作業を実際にやっていた)。

Barolo マルケージ・ディ・バローロ ぶどう積み下ろし

 

●ぶどうを実・たねと枝に分ける。

●35度まで発酵させる(それ以上温度が上がると糖がアルコールに変わらなくなる)。

●大きなステンレスタンクで1次発酵

Barolo マルケージ・ディ・バローロ タンク③

 

●コンクリートタンクで熟成

●150年前から使われているクロアチア、スラボニア産の大樽で熟成させる(全部で2万本分の18,500リットル)。

Barolo マルケージ・ディ・バローロ 大樽①

 

●バリック樽

真ん中の栓を開け、減っていれば足す。

このバリック樽は使い捨てで1個600ユーロもするという。小さな樽なのでカーヴをつけるために焼くが、それが香りの元だということを知った。

Barolo マルケージ・ディ・バローロ バリック樽②

 

●ボトル詰めを800m離れた場所で行うのでそこまでパイプで流す。

Baroloは木樽で2年以上熟成しなければならず、BaroloReservaは5年だそうだ。だから一番新しくても5年前のヴィンテージということになる。

このようなことを醸造場の中を行ったりきたりで説明してもらう。何せ、日本語でしかも3人に対しての説明だから本当にありがたい。

さらに奥に進むとワイン・セラーがある。ここにはヴィンテージ順にボトルが寝かされている。温度は醸造場よりも低くコントロールされているのが実感できた。

1番古いのは1859年もの。ほかの年代ものと一緒に小さな格子扉のケースに立てて保管されている。

Barolo マルケージ・ディ・バローロ セラー 年代もの

Barolo マルケージ・ディ・バローロ セラー 1859年もの

それ以外は棚に年度ごとに置かれている。我々3人はそれぞれ生まれた年のボトルを手にして写真をとりあう。めったにできない経験だ。

Barolo マルケージ・ディ・バローロ セラー 保管棚①

 

 

バローロの歴史の中で素晴らしい年は10年あるという。1922年、1931年、1947年、1964年、1971年、1978年、1989年、1997年、1999、2000年。張り出されているポスターに年度順に評価が書かれていてこれらの年は”OUTSTANDING VINTAGE” だ。

その中で年代ものの1つを手にして『これは売っているのですか?』と訊ねると、『パオロに頼めば買えるかもしれませんよ』とのこと。買えるとしても相当するのではないだろうか?恥をかくのでお願いはしなかった。

◆当主とのランチで楽しいひととき

ひととおりの見学を終え、売店に戻る。ランチには当主のパオロさんがお見えになるということで売店奥の大きなテーブルに案内された。

ちょうどその場所からガラス越しに地下の樽が見える。まもなくパオロさんがお見えになり英語で挨拶、スプマンテが出てくる。てっきりそのテーブルで食事かと思ったら『リストランテへ』と2階に案内される。

奥のテーブルにゆったりと4名が座る。パオロさんの右隣には弟、左隣には兄、正面には自分という位置関係。ガイド役のCさんは、今度はカメリエーレ役だ。我々にとっては観光だが、招待を受けたということでお互いビジネスランチのようなもので話題のキャッチボールをしなければならないがここはアレンジ役で英語に強い弟に任せることにした。あとはたまに合いの手を入れるくらい。それにしてもワインで世界を股にかけるビジネスマンのパオロさんは英語が流暢でつまるようなことはほとんどないし、イタリア語なまりも全くない。ということで片言のイタリア語を使わないですんだ。

さて、肝心のワインと料理。あまりに美味しかったのと話が弾んでいたこともあってあまり詳しく覚えていないが次のようなものだった。

前菜はいわば郷土料理、子牛の生肉を少しあぶったカルパッチョ(3切)、ツナのソース添え。

次も前菜、テリーヌのようなものだが材料不明。固くなくフワッとしている。これもソ

ース添え。

プリモはラヴィオリ、サルビアとバターのソース掛け。

チーズ3種、真ん中にこの地方のCogna(チーズにつけるジャム、ワインから作られている)。

デザートはパンナコッタとカカオのケーキ。

ワインは料理にあわせ、またグラスが空になるとカメリエーレ役のCさんがどんどんサーヴしてくれる。

Dolcetto d’Alba (MADONA di COMO) 2005

Barolo マルケージ・ディ・バローロ 前菜に Dolcetto d'Alba 2005

 

Barolo(CANNOBI) 2001 (CANNOBIというのはぶどう畑の名前でバローロの中でも最高級)

Barolo マルケージ・ディ・バローロ CANNOBI 2001

 

Moscato d’Asti (デザートワインとして)

楽しい食事を終えたところでパオロさんからお土産をいただく。私と兄にはバローロのグラッパ、弟は紹介者の友達ということでバローロ、しかも例のCANNOBIのマグナム・ボトル。山形の焼酎を差し上げただけなのが申し訳ないくらいだ。

パオロさんは『予定があるから』といって14時40分席を立つ。我々は下の売店に行き、店内を見ている間に食事中パオロさんにお願いした1999のバローロが2本ずつ箱詰めされて用意された(これは購入、28ユーロ×2)。

旅行計画当初には思ってもいなかった老舗ワイナリー訪問、しかも当主との美味しいワインと食事。思い出に残るワイナリー訪問となった。

 

 

Barbaresco, Piazzo(バルバレスコ)

Barbaresco, Piazzo(バルバレスコ) 2006年9月11日

 

2006年、兄弟3人でイタリアワインの銘醸地、ピエモンテへ旅した。

その4日目、バルバレスコ村を訪れ、ワイン畑の中にあるアグリツーリズモ” Cascina Brac”に宿をとる。

Barbaresco Cascina Barac

 

 

偶然にも、その宿のオーナー夫人の実家が”Piazzo”というワイナリーだった。しかもすぐ隣だ。

オーナーの計らいでテイスティングに誘われる。

 

 

部屋で一休み後、アグリツーリズモから出てぶどう畑を下りるような形でワインセラーの方へ行く。

Barbaresco Piazzoのぶどう畑②

 

 

Barbaresco Piazzoのぶどう畑①

向こうからジーンズをはいた実直そうな男性が待っていたかのようにやってきて『フランコです』と手をのばしてくる。こちらも名乗り握手をした。

彼がワイナリーの当主だ(宿のオーナーの義兄)。

 

そのまま彼について行き右手の建物に入り、テイスティング開始。

Barbaresco Piazzoのテイスティング・ルーム

 

Barbaresco Piazzoのテイスティング・ルーム②

まず、シャルドネ。フランコ本人が注いでくれる。

Barbaresco Piazzo シャルドネ

 

 

説明はすべて英語。この地方の人、とりわけワイン・ビジネスに携わる方々は商売上英語を普通に操れることが必須のようだ。こちらは必死についていく感じだ。

日本でもデパートなどでテイスティングさせてくれることがあるが小さなグラスでほんのちょっとだが、ここでは普通のワイングラスにそこそこの量だ。

シャルドネ(Chardonnay)のあとは

Barbaresco Piazzo バルバレスコほか

 

Dolcetto D’Alba, SCALETTA

Barbera D’Alba, MUGIOT

Barbaresco, Riserva 2001

Barbaresco Piazzo バローロ

 

Barolo

と次々にテイスティングし続ける。

Barbaresco Piazzo テイスティング

自家製だというサラミまでつまみとして出してくれ、テイスティングなのか飲み会なのか・・・・あっという間に1時間経ってしまう。

テイスティングはまったくのただ、申し訳ないこともあってBaroloを1本ずつ購入(18.5ユーロ)。

 

世界各国に輸出していて、日本ではかつては成城石井が取り扱っていたそうだ。最初のころはコンテナ1本分、今は年間2000本だという(生産能力は50万本だから日本向けは微々たるもの)。

兄が帰国してから家族で飲んだ際、姪が『このラベルのものを成城石井で買ったことがある』と言っていたとのことだった。

 

フランコの話では、Barbarescoの畑の広さはBaroloの1/3 、だから知名度が低い、Barbarescoは自分のところでは7,500本、ラベル枚数で制限されているそうだ。

ビジネスとしてはなかなか楽ではない印象を受けた。

 

http://www.piazzo.it