Bari(バーリ) 2005/9/15〜17

◆行く
ローマを起点としたプーリア&マテーラの旅もマテーラ観光を終え最終宿泊地(といっても本当の最終宿泊地はローマだけれど)のバーリに向かう。
マテーラ発14:18の列車は15:48にFAL(私鉄Appulo-Lucane線)バーリ駅到着。ホテルは駅から比較的近いところを予約していたため16時にはチェックイン、ボーイに案内された部屋がダブルだったのでフロントに戻りツインに変えてもらう。

◆見る
相棒は一生懸命ローマにいる知り合いのオフィスに電話しようと試みるがつながらない。そうこうしているうちに17時になったのでバーリ旧市街観光に出かけることにした。

ホテルの面しているニコライ通りを東へ向かいウンベルト1世公園に出る。かなり大きくて開放的な感じだ。いろいろな露店が出ていて大勢の人々が楽しんでいる。左折してこの公園を2分しているスパラーノ通りに入り旧市街の方へと歩く。17時すぎとはいえ、サマータイムでもありまだ結構暑い。

大きな通り(ヴィットリオ・エマヌエレ2世通り)を渡るとそこから先は旧市街だ。旧市街に入りカテドラーレを目指すが「本当にこの先にあるの?」というようなトンネルのような両側から建物おおいかぶさってくるような路地に入ってしまった。ようやくカテドラーレの前に出る。前の広場はそう広いわけでもない。地元の人が大勢繰り出している感じで、また車も通っていたりで何となく雑然とした広場。ファサードの写真を撮るにも一苦労だ。このときのバックの空の色が真っ青でものすごく印象的だった。

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ファサードはバラ窓のほかはこれといった装飾もなく、中も石が剥き出しのままで素朴な感じがする。レッチェなどのバロック様式の教会を見たあとだけに余計素朴さを感じる。

内部は左右各10本の柱で分けられた3廊式で大きくてシンプルだが、主祭壇下のクリプタはこれとは対照的に木彫りのアーチの連続で豪華だ。壁には彫刻がほどこされている。

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カテドラーレを出て西の方へいくとカステッロがある。

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レッチェのカステッロよりかなり前の時代に建てられたようだが、同じような四角い形で大きさも同じくらいのようだ。中に入ろうとしたところ呼び止められ入場料がいるとのこと。見学には時間がかかりそうなのでパスする。

海岸に沿って走る通りに一旦出てぐるっと一回りする。ポルト・ヌオヴォを左に見るがC.コロンボ広場を過ぎると反対側の海が見える。

それをどんどん行くと城壁が途切れ車も通行できる門があったのでそこからまた旧市街に入るとそこはバーリの守護聖人であるサン・ニコラス(あのサンタクロース)の遺骨があるというサン・ニコラ教会だった。カテドラーレとは正反対で教会前の広場は広々として落ち着いた感じだ。

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ちょうど教会の中では結婚式が行われていたようでまもなく新郎新婦、家族、親戚、友人とおぼしき人たちが出てきた。若い友人たちが「プープー」と風船ラッパをならすが「よく続けて吹けるなぁ」と思い目をやると吹いているのではなく、エアゾール形のボンベの頭に風船が付いていてボンベのボタンをプッシュしているのには思わず笑ってしまう。イタリアならでは、なのだろうか?

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結婚式が終わったばかりの教会の中に入ってみる。大きな花の飾り付けを片付けている最中だった。
ここもやはり3廊式で側壁は石、身廊を分ける柱は左右2カ所が2本づつくっついたような形になっている。天井は金の装飾と絵で飾られている。主祭壇の前には3つのアーチがあって奥行きを感じさせる。

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旧市街の観光はこのくらいにしてホテルへ戻る。相棒が奥方から頼まれたものを買うためにリナシェンテを探したいというので、南北に走る大通り、カブール通りを歩く。この通りの両サイドはファッション関係の店が多い。途中、今回の旅で初めてジェラートを食べた。

◆食べる
ホテルで一休み後、夕食に出かける。何を食べようかいろいろ考えたものの海の町なのでシーフードにしようと決め、ホテルのスタッフに教えてもらった店《al Pescatore》はカステッロの近くで気になっていたところだった。
南イタリア特有のオープンエアのトラットリア、夕方明るいときに見たときは外にテーブルがある程度にしか見えなかったが夜は雰囲気がいい。また風が心地良い。流行っている店なのか、お仕着せのワインを勝手に開けてもってきたり、待っている客を入れるためなのかやや急がされたような感じもしなくもない。

結局この日はホテルと旧市街を2往復したことになる。

◆見る(2日目)
半日、カステッラーナ・グロッテへ鍾乳洞を見に行く(詳しくは“(9/16)Castellana Grotte”旅行記で)。ただ、そのとき予定していた列車に乗り遅れ、1時間半の待ち時間を利用してバーリ駅の北側を散策した。ジュゼッペ通りを南へ、南へと行ったが名前は忘れたけれどジュゼッペ通りを交差する通りで朝市が開かれていた。魚屋、果物、野菜、肉、日用品など。

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ムール貝がネット入りで売られている、シャコもある。

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カジキマグロが生きているかのような形でディスプレイされている。

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ここで買ったアンチョビ(瓶詰め)はすこぶる美味だった。とにかく洞窟見学を控え荷物にはしたくないので一番小さいのにしたがあんなに美味しいのが分かっていたならまたあとで買いに行けば良かったと思うほどだ。
別のお店では何かポリ袋に入れて売っている果物、『何だろう?』と立ち止まるとお店の人がサボテンの皮を剥いていて、「ほれっ!」とナイフの先に載せて一つづつくれた。すっごく甘い。“セ・ボン?”と訊かれ、うなずくと周りから“セ・ボン!”、“セ・ボン!”の合唱が(ちょっとオーバー?)。

9:52発の列車に乗るため駅へ戻り、カステッラーナ・グロッテへ向かう。
(詳しくは”(9/16)Castellana Grotte“旅行記で)

バーリ着14:49、一旦ホテルへ戻る。10分もかからないので便利だ。

◆買う
旅も終わりに近づきそろそろお土産というか、ワインやその他食料品を調達しなければならない。
ホテルで一休みしてから、前の日に気になっていた洒落たワインの店を探す。カイロニ通りのその名も“Cantina Cairoli”。中に入るとビジネススーツを着込んだセクレタリーのような女性がいる。店内は天井が高く、ウィンドゥ以外の壁は白っぽく明るくて肝心のワインも整然と陳列されていて酒屋というよりはワインのブティックという感じだ。
『美味しい地ワインを』というといろいろ相談に乗ってくれ土産用2本、寝酒用1本買う。相棒はグラッパやマスカット味、レモン味のオリーブオイルを買う。帰国後の話ではレモン味のオリーブオイルはドレッシングとして美味しくて重宝したとのことで買わなかったのは残念!
この店でかいわいの食料品店を尋ねたらすぐ先とのこと。同じブロックの角だ。

外から店内を覗くとまぁまぁいろいろなものがありそうだったので“ボナ・セーラ”と中に入る。お土産用に小瓶(250ml)のオリーブ・オイルを買おうと探すが見当たらずあきらめる。パルミジャーノ・レジャーノを買うことにした。別にバーリ特産品ではないが、最終日のローマで買う時間があるかわからないからだ。大体1キロくらい欲しいがお店の人に塊を指さし量ってもらうと1キロ弱、相棒もほぼ同じくらいのものを買う。このままでは重くて荷物になるので一旦ホテルへ戻る。

◆食べる(2日目)
この日も夕食のリストランテ探しに出かける。カステッロから海岸通りに出る。ほどなくオステリア《Osteria al Gambero》発見!名前の通りここもシーフードの店だ。まだ準備中だったが、中に入ってお店の人に何時からか尋ねると7時からとのこと。一旦出たけれど『夕べのところと食べ比べるのもいいか』と相棒と意見が一致したのですぐ戻って『7時から7時半で』と予約する。

この店で何が印象的だったかというと、前菜が9品もあったこと、日本人だと分かって生もの盛合せを食べるか訊いてきたこと(もちろん注文した)、そして勘定書きの数字がまったく判読できないことだった。生もの盛合せは要するに刺身盛合せだ。カキ(5個)、ウニ(4個)、ムール貝(7個)、そしてイカ。レモンを絞って食べる。しょうゆとわさびが欲しいところだ。

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2人で90ユーロとプーリアとマテーラの旅で一番高かったのはこの盛合せのせいかもしれない。ここの海の幸のスパゲッティはゆで加減良く美味しかった。
9時半過ぎに店をあとにしたが金曜の夜の割にはすいていたようで1/3くらいの空席があった。

◆朝の散歩
プーリア最後の1日となった。6時に目覚めたので朝食前に魚市場を見に6時半すぎ出かける。カヴール通りから旧市街に入ったすぐ右手の建物だと思って入ってみたら中では魚屋と八百屋が準備中。ここではないなぁ、ということで海岸通りLungomare)に出ると右端に“Mercato Pesce”の看板が見えたのでその方向へ行ってみる。

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ずっと先の方で何か作業中。漁師なのか魚屋なのか分からないが、イカ、タコ、ムール貝の下処理中だ。そこのお兄ちゃん2人と話す。『日本にもイカがあるのか?』、あまりにも小さなイカだったので『あるけど、もうちょっと大きいね。しょうゆで食べるけど』、『それはレモンの類か?それともオイルの一種か?』。しょうゆについては全く理解してもらえなかったようだ。

海からホテルに戻らずそのまま駅へ行き、午後のローマ行きの乗車券を買おうとしたが満席。午前中の8時台、9時台の列車は乗換えが多くて時間がかかる。午後の次の列車は15:59発のIC(Inter City)でローマ着22:02だ。
ひとまず考えることにしてホテルへ戻り朝食後フロントで教えてもらった駅裏手のプルマン営業所へ向かう。プルマンだとローマまで5時間半かかるが、時刻表に13時発があったので予約窓口の女性に「13時発に乗りたい」というと“Oggi, e pieno”(今日は満員よ)。こっちも満席。その次は16時、しかもローマの到着ターミナルはティブリアーナ(予約しているホテルはテルミニ駅近く)なのでやむなく列車にする。その足でバーリ駅に行く。自販機でペスカーラ経由もチェック、11:04発は空いていたものの途中ペスカーラで乗換え、17:56ローマ着ということもわかったが、乗換え時間が短いこともあって結局15:59発の乗車券を購入。

これで帰りの足は確保できたし、有意義に時間を使うことができる。

今回の旅ではマテーラで博物館に行ったものの美術館には行っていなかったので海岸通りに近くにある県立絵画館Pinacoteca Provinciale)に行くことにしてまた歩く。

途中、ホテル備え付けの市内観光ガイドブックに出ていた食料品店を見つけたのでちょっと覗いてみる。若いお兄さんがいろいろ説明してくれ、相談にのってくれる。ここで買うことを決めたが荷物になりそうなので『絵画館の後にまた来るから』と言ってとりあえず出る。

海岸通りに面した絵画館の入口は10時近くだというのにしっかりと閉まっている。一度はあきらめたが海岸通りから建物の北の通りに回ってみると守衛さんがいたので絵画館に入れるか尋ねてみた。左に曲がったところのエレベーターで4階に上がるように教えてくれた。
4階の受付で、『右から入ってぐるっと回り最後に左の《ナポリ銀行収蔵品展》を見るよう』にいわれる(入場料 1人2.58ユーロ)。
教会の祭壇画、彫刻などの他16〜17世紀の宗教画が多い。他にはいつごろのものか不明だが男女の盛装の展示や当時の生活をあらわしているミニチュア(これも制作時期は古そうだ)があった。絵ではヴェネツィア派のティントレットの大きな作品がある。

終わりの方には静物画や、19世紀の印象派時代の作品も展示されている。

約30分で芸術鑑賞終了、さきほどの食料品店へ行く。看板には“SALIMERIA”とある。もとはハム・ソーセージなどの肉加工品が中心だったのかもしれない。ここではオリーブオイルと衝動買いでオリーブの実を量り売りで買ってしまった。相棒はワインなどいろいろと買っていた。

ホテルに戻って荷物をパッキングし、スーツケースなど預けてチェックアウト。

昼食をどこにするか迷う。バーリ市内のミシュラン3本フォークの店にするか、《南イタリア屈指の洗練レストラン》と紹介されているモーラ・ディ・バーリの店にするか。
バーリから列車に20分乗らなければならないがプーリア&マテーラの旅のフィナーレを飾ることにして行動派の我々としてはモーラ・ディ・バーリへいくことを決断する。
(詳しくは“(9/17)Mola di Bari”旅行記で)

◆ローマへ
モーラ・ディ・バーリでの優雅な食事を終え、バーリへ戻りホテルへ荷物を取りに行く。ローマまでの列車は15:59発のIC、少し早めにホテルを出る。
8番線にすでに列車は入線、3号車に乗り込む。指定席にはすでに若いバックパッカーの男2人がトランプに興じていたが、乗車券を見せるとすぐに席を立ってくれた(コンパートメント6名のうちもう1名も途中でやはり指定券がなく席を立つ)。
ローマまで6時間余り、ちょうど半分くらい経ったころに前日買っておいたワインを飲み始める。ブティックのようなワインの店で『ティピカルなプーリアのワインを』と言ったら最初に出てきたのがこれ、(Don Marcello 2003, Torre Qvarto 5.5ユーロ)。
初めはピリッとして渋みを感じたがそのうちまろやかになる。値段の割に美味しいワイン。

『これを輸入して日本のお店で出せば4〜5千円はとれるか』などと談笑する。

ローマまであと1時間半くらいのところで雨と雷、定刻より15分ほど遅れ雨のテルミニ駅到着。プーリア&マテーラの旅を終える。あとはローマで1泊だ。

◆泊まる
ホテル Hotel Victor Bari(★★★), Via Nicolai, 69/71, Twin 116ユーロ

Venere.comで予約、2泊 する。4つ星に近い3つ星か。
イタリアらしくなく大きな目立つ看板のあるアメリカンスタイルのホテル。
玄関を入ってすぐのところに浮いている島のように真ん丸いカウンターのフロントがある。部屋を替えてもらったり、リストランテを教えてもらったり、その他の対応は良い。朝食は今一つ。

◆食べる
●リストランテ
お店の名前 Al Pescatore, Piazza Federico ? di Svevia 6
食べたもの 前菜盛合せ(5皿)タコの煮物、タコのマリネ、イカのマリネ
ムール貝、ポテトとムール貝(13ユーロ×2)。セコンドはスカンピのグリル、魚介類のミックス・グリルと海の幸づくしにする(あわせて26ユーロ)。魚介類のグリルは小さいがエビ、タコ、イカ、魚と盛り沢山。コペルト(2.6×2)、水、デザート1品、ワイン2本。合計 2人で77ユーロ。
ワイン   LAROCCA (プーリアの地ワイン、白、お店のオーナー爺さんが席へ着くと抜栓したものをすぐに勝手に持ってきた)
GRAVINA 2004, Botromano (赤を頼もうと一言いっただけで出されたハウスワイン、プーリアの地ワイン) ワイン2本で何と15.7ユーロ

お店の名前 Osteria al Gambero, Corso Antonio de Tullio, 8
食べたもの 本文の他、セコンドはスカンピのグリル2人前(大1、中7)、前日のAl Pescatoreよりも大きいが味は前日の方が良かったか。

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食後酒(グラッパ、レモンチェッロ)、このとき厚めのクッキーが5個付く。
2人でチップ込み 90ユーロ(勘定書きは手書きで判読不能、計83.14ユーロに端数を加え切り上げていた)
ワイン   BAROCCO Martina 2004, Locorotonpo (白)

◆買う
オリーブオイル 500ml 11.2ユーロ (バーリ産、DECARIO社)
バーリで2軒の食料品店に行ったが小さな(250ml)瓶のものはなかった、やむを得ず2軒目の店ですすめられたのを買う。甘い青りんごのような味わい。
お店 Bozzi dei F.lli De Bartolo, Via G.Bozzi, 53 (www.salumeriabozzi.com)

パルミジャーノ・レジャーノ 900g 14.4ユーロ
お店 Salumeria de Carne Francesco, Via Calefati, 128

ワイン Donna Lisa Rosso, Salice Salentino Riserva 24ユーロ
IL FALCONI, Castel del Monte Riserva 2000 8.6 ユーロ
お店 Cantina Cairoli, Via Cairoli 81

Matera(マテーラ) 2005/9/14

 

 

◆マテーラは洞窟住居の世界遺産の町。

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この町の名前を知ったのは陣内秀信さんの『南イタリアへ!』だ。

この本を買ったのはシチリア行きを漠然と計画しているころ。当時の印象としては住民が立ち退かされた何やら廃墟のようなところ、といったものだったが、自分の頭の中では今回の南イタリアの旅では絶対にはずせないところに変わっていた。

大きな岩山のてっぺんにある十字架、これを見下ろすようにはるかに上にあって対峙しているドゥオモ。イタリアとは思えないモノクロの世界。そして3次元のだまし絵と思わせる町。これがこの町を訪れた後の率直な印象だ。

◆行く
前泊地のアルベロベッロからマテーラまでは直線距離では意外に近い。アルベロベッロのヨーコさんの話では車で1時間くらいとのことなのでツアーでは大体この2ヵ所をセットで観光するようだ。しかし、路線バスはないのでいつものように列車の旅だ。
アルベロベッロをFSE(私鉄Sud-Est線)8時28分の急行(diretto)に乗りバーリ経由FAL(私鉄Appulo-Lucane線)で向かうことにした。

定刻通りだとバーリに9時36分に着くので9時46分発のマテーラ行きにギリギリ乗れるかなと思っていたが、1つ手前の駅で停車してなかなか動かず結局間に合わず、気持ちよく?あきらめることができた。
次の列車は10時53分、1時間も待たなければいけないのでバスで行くことも考え駅前のバスターミナルで訊くとマテーラ行きのバスは駅の向こうで色はブルーだ教えてくれた。そこまで行っても待たずに乗れるかわからずないし面倒なので予定通りFALに決め切符を買う(1人4ユーロ、アルベロベッロからバーリまでも1人4ユーロ)。

FALの駅はバーリ中央駅から出て左手の建物で駅舎というより事務所ビルのような感じだ。これまた切符売場が最初わからず右往左往する。ホームは駅の2階の屋上にあり、折り返し方式でコの字型になっている。このホーム上の先頭車両が着くすぐ近くのベンチでしばし待つ。

列車は意外に早く入線した。前の方の車両に向かう人が多いので途中で切り離されるのかと不安に思い、一旦車両に上がってしまったものの慌てて降りて駅員に訊くと“Poi・・・・”、“???”、『あの女の子の後に続け!』とのこと。

その時、最初に乗った車両に行先表示板がかけられたところ、危ないところだった。前の車両に乗り込むが、あれだけ早くから待っていたのにモタモタしていたので日が当たる方の2人掛けの席しか空いていない。陽射しが強くて暑い。車窓風景は荒涼たるトスカーナ(?)という感じだ。

ほぼ定刻(12時18分)にトンネルのようなマテーラ中央駅地下ホームに着く。駅前は広々しているが時間のせいなのか人出は少ないし車もさほどでもなくどちらかといえば閑散していた。
とりあえずホテルへチェックインし荷物を置きたいところだが、予約していたホテルはサッシ・カヴェオーゾの中。手にしていたインターネットで取り出した簡単な地図ではわかるとは思えず、インフォメーションに行くことにした。看板は2方向出ていてどっちにしようか迷ったが結局は同じところ。

このインフォメーションで地図と一緒に貰ったガイドブックは今までのどの町でも貰ったことのない立派なもの、それも2種類だ。貰った地図を見ながら向かうがヴィットリオ・ヴェネト広場で間違えてローマ通りに入ってしまうなど暑い中思った以上に時間がかかる。
いよいよサッシ・カヴェオーゾの中の通りへ。右手前方の岩山の上には例の十字架(「サンタ・マリア・デ・イドリス教会」)が見える。

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ゴロゴロと転がすスーツケースがところどころ滑らずサッシの中の通りでは持ち上げなければならない。持ち上げてはは転がし、転がしては持ち上げる。

音を立てて転がしている時、突然人が現れてきて止められた。ちょうど通りに面した洞窟住居の中で映画なのか撮影をしていて、音が問題らしい。撮影が終わるまで待つわけにもいかないのでやむを得ず持ち上げて通してもらう。
そんなこんなでインフォメーションではホテルまで5分といわれたが結局30分近くかかってしまった。ホテルそのものがサッシの中にあるので着くまでに「サッシとはこういうものか」と目のあたりにする。周りを見渡すと今まで見たこともない、あり得ない光景だ。

◆見る
道中汗をかいたのでホテルで着替え、昼食をとるため田島さん(「南イタリアに行こう」の著者)ご推奨のL’osteriaを探しがてらはるか前方に見えるドゥオモ鐘楼を目指して歩き始める。
まっすぐ進むと右側にサン・ピエトロ・カヴェオーソ教会がある。その前に駐車場のような展望台ベル・シトがある。ここから眼下に見えるカヴェオーソ渓谷とその川原は荒涼たる風景だ。

渓谷を見下ろし、ドゥオモを見上げる比較的大きな道路を北の方へ歩く。我々が泊まったホテルのように洞窟住居がホテルになっていたり、食堂になっていたりするが大半は無人のサッソで中に入れないよう入口には大きな錠前で鍵がかかっている。
地図の上ではドゥオモへ抜ける小道はありそうだが、高低さもあって実際に行けるかどうかわからないがとにかく進む。L’osteriaはドゥオモの近くのようで住所も本に出ていたのだが、いくらインフォメーションで貰った地図でもサッシの中の通りの名前は出ていないのでとりあえずドゥオモを目指す。

はるか前方、上の方に見えたドゥオモがかなり近づいたところで左の小道を登り始める。結果オーライでドゥオモ横の広場に出た。広場にはクレーン車が停まっていて何か工事中のようだ。
ドゥオモ内部を見るのは後回しにして近くの小道を行ったり来たりするが目指すL’osteriaは見つからない。お腹も相当すいてきたのであきらめドゥオモへの参道のような通りを下ると視界が開けるような広場に出た(あとでわかったがここはサン・フランチェスコ・ダッシジ教会前の広場)。
広場の入口近くにバールがあり、外には珍しく人だかりがしているがどうやら観光客のようだ。そこでこのバールをパスし広場を出て右に曲がってみる。もうこのあたりはサッシ地区ではないようだ。通りに面した建物も全く普通の建物だ。少し歩いたところで目についたリストランテに入る。

もうお昼時は外れているものの小さな店内はほぼ満席だ。壁をみると映画のスチール写真らしきものが何枚か飾られている。相棒がいうにはメル・ギブソンの《パッション》だそうだ。《パッション》はキリストの最後の12時間と復活が描かれ、この地マテーラで撮影されている。この店の人も何か協力をしたのかもしれない。

前菜、パスタ、地ワインの昼食をとって一息ついた。

ここから一旦ホテルへ戻ることにし、サッシ方向という標識にしたがったところ、ドゥオモを山頂とするとふもとを逆周りで歩いてしまう。

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探し回っていたL’osteriaがサッシの路地にあった。しかし休みだったのであれ以上探し回らなくて良かった。

そのうち雨が降ってくる。

ホテルで一休み。少しまどろんでから雨の中をサッシ観光へ出かける。まず洞窟住居、カーサ・グロッタに入る(1人1.5ユーロ)。伝統的な家具の置かれた昔の住居だ。昔の、といっても1956年まで農民が住んでいたところ。

内部にいたスタッフから“ジャパニーズ?”と訊かれ「そうだ」と答えると日本語の説明テープが始まった。

今や誰も住んでいないので壁の白さや意外な広さも感じるが実際に家族何人かと馬がいたことを考えると劣悪な環境だったことがわかる。何しろ一部屋がすべてなのだから。

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この後、岩の上の教会に行こうとして少し上り始めたところで雨が激しくなりあきらめてまたホテルへ戻る。

ホテルはゆったりとしたスペース。することもなくベッドに横になっているうちに寝てしまう。寒くなって毛布を取り出し本格的に眠ってしまう。
その間、雷鳴と雨音が激しい。
目が覚め、ダイニング・ルームの窓から外を覗くと例の岩山の十字架のあたりにも稲妻が光り、何かおどろおどろしい光景だ。
しかし、まさにマテーラでしか見られない景色だと思うと泊まった甲斐もあったというものだ。

20時をすぎ、しばらく様子を見ていると小降りになったので夕食に出かける。

雷雨のせいで急に冷え込んできたので半袖シャツの上にカステッラーナ・グロッテ観光のために持ってきたウィンドブレーカーを着込む。

「駱駝」の創刊号で紹介されていたリストランテにする。駅からホテルへ向かう途中偶然見つけていたので場所はわかっていた。店はすぐそこだ。予約はしていなかったが、幸いなことに入口近く右手の席に案内される。
中二階のような席もあるようだったがほとんど満席で我々のテーブルと隣の死角のようなところにあるテーブルがあいているだけ。そこもそのうち30前後の若い男性2人で埋まる。仕事の話だろうか一生懸命話し込んでいる。見渡したところ雰囲気的にも観光客はいないようだ。

ビジネスマンのようにピシッとスーツを着込んだオーナーが注文を取りにくる。前菜盛り合せ、プリモは小海老とフンギのトゥロフィ(と書かれていたような気がする、ショートパスタ)、セコンドにはスズキのアクア・パッツア、ミックス・サラダ、を選ぶがワインだけはオーナーに相談し、この地方のワインを選んでもらった。
前菜盛り合せはここでも次から次へと出てくる。「駱駝」で写真入りで紹介されていたカプンティのエジプト豆ペースト和えも5皿のうちの1皿。
オーナーの仕草がちょっと気取っている。雰囲気といい味といい、また機会があったら訪れたい良いリストランテだった。

◆朝のマテーラ
目が覚めて窓を開けると空が明るく白みはじめている。窓から洞窟教会の姿が徐々に見えてくるが幻想的というよりは映画の場面に出てくるようなおどろおどろしさ。

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朝の散歩に出かける。夕べの激しい雨のせいか、すがすがしい。

サン・ピエトロ・カヴェオーソ教会前のベル・シトからカヴェオーソ渓谷を望み、引き返して昨晩のリストランテを通りすぎるとそこは、サン・フランチェスコ・ダッシジ教会。何とその裏は昨日ドゥオモから下りて来た広場。ドゥオモまでも近い。

景色を見る限りは随分遠くに感じるが目の錯覚か。3次元のだまし絵のような町だ。

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近くのプルガトリオ教会を皮切りにサン・ジョヴァンニ・バティスタ教会、サン・ロッコ教会のファサードだけ駆け足で見る。

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ついでに朝市を覗いてみた。店の数は多くはないが一応のものは揃っているようだ。

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ホテルに戻るのにサン・フランチェスコ・ダッシジ教会裏の広場の右側降り口から行ってみたら驚くほどホテルは近かった。

ホテルでの朝食後、午前中の時間を何回も外から見ていた洞窟教会やドゥオモの見学にあてることにした。
まず、洞窟教会、サンタ・マリア・デ・イドリス教会へ行く。時間が早くてまだ開いていなかったが、そのうち一人の男性が鍵を持って現れる。入場料がいるらしい。サッシの幾つかの場所を見る数で金額が決まっているようだ。3ヵ所用1人5ユーロのものを買う。これでドゥオモも見られるかというとドゥオモは無料だという。指定された3ヵ所は教会というよりは博物館だとのことで納得。
ここは大きな岩の中をくり抜いて教会にしている。壁には少し色あせたフレスコ画がある。
この教会を出て、次はサンタ・ルチア・アッレ・マルヴェ教会へ。ここでは別の係員が英語で説明してくれる。3廊式というのか3つの部屋になっている。ビザンチン様式のフレスコ画。
最後の1ヵ所はコンヴィチニオ・ディ・サンタニオ。何ヵ所も入口がある。ここは洞窟をさらに奥まで何本も掘っていてすごく広い。奥の方はロープが張られていて進めないようになっている。
壁にはフレスコ画も数々描かれていた。ここには修行僧が大勢いたのだろう。

◆ドゥオモを見る
初めてドゥオモに行った前日とは違ってホテルからの道のりは短くて本当に近い。
ドゥオモの中は3廊式だが残念なことに側廊は修復中だ。白い壁に金の縁取りが豪華な印象を与える。ファサード裏側祭壇には《キリストを膝にかかえた聖母マリア》の大きな画。左右の祭壇の下に部分にはキリスト生誕の場面が描かれている。後陣天井画はだまし絵のフレスコ画。

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ファサードのバラ窓は中から見るととてもきれいだ。

ドゥオモ通りを下りサン・フランチェスコ・ダッシジ教会へ。教会の左側にバジリカータ特産店が開いていたので立ち寄る。スペースの小さな店でお店の人は男性1人だけ。いろいろ特産品を説明してくれ、インターネット画面でホームページを見せてくれる。日本語ページもあるとのことだったがそのパソコンでは日本語変換ができず見ることはできなかった。ここでお土産として食後酒とオリーブオイルを買う。
サン・フランチェスコ・ダッシジ教会のファサードはバロック様式。中に入ってみると内部はスタッコ装飾だ。

次に国立ドメニコ・リドーラ博物館に向かったが間違えて、美術館(入場料1人2ユーロ)に入ってしまう。どちらもイタリア語での名前が“Museo Nazionale ”から始まるからだ。美術館では17世紀のキリスト教絵画、彫刻、法服が展示されている。1階に降りて学芸員に案内されたのは近代画だったので遠慮しつつパスして、本来のMuseoへ行く。
この博物館はマテーラ出身のドメニコ・リドーラ医師が個人としてマテーラ中で収集した石器時代から4世紀くらいまでのいろいろなものが展示されている。中でも黒地に茶色やクリーム色などくっきりとしかもきれいな絵が描かれた壷が沢山あったのが印象的だ。この時期にはさすがに訪れている人は少なく一層館内は広く感じられる。

これでマテーラでの観光はお終い、ホテルに戻ってスーツケースを受け取り見つけておいたリストランテで昼食。
14:18発の列車で旅の最終目的地バーリへ向かう。

◆泊まる
ホテル La Casa Di Lucio (★★★★) ,Via S.Pietro Caveoso 66, Twin 120ユーロ
(www.lacasadilucio.com)
「駱駝」で紹介されていて、世界遺産サッシのホテルというのが良さそうだったのでホームページからメールで予約。
14号室となってはいるが、1DKの独立した家。コテージというわけではなくサッシ長屋の1軒といった趣。ベッドルームは天井に大きな羽根のシーリング・ファン、アジアンテイストのモダンなインテリアで外観からはとても想像もつかない。
フロントは別の棟。朝食を取ったところは同じ並びの2軒ほど離れた部屋。よくありがちなブッフェスタイルではなく決まりきったものがサーヴされる。ややボリュームが少ない。
キッチンの窓から見えた別の建物に職人が入り工事中だったがオーナーがいろいろ細かい点を指示していていずれ1室(軒)増えることになりそうだ。
ロケーションといいゆったりとした広さといいなかなか良いホテルでまたマテーラに行くことがあれば是非泊まりたいお勧めのホテル。

 

◆食べる
●リストランテ
お店の名前 Ristorante Il Cantuccio, Via Delle Beccherie, 33
食べたもの 前菜盛合せ(4皿)カポナータ、生ハムとモッツァレラ、ズッキーニのマリネ、オリーブ2種類(8ユーロ)
カヴァッテリ(のような形のショートパスタ)軽くバジルとトマト・ソース、
餃子かわんたんの親分みたいなニョッキ、ゴルゴンゾーラのソースでポルチーニ味
(プリモ2品で14.5ユーロ)
ワイン Achelandro 2003(Fantana Rossa)バジリカータの地ワインでサンジョヴェーゼとモンテプルチアーノのブレンド、何と8ユーロ、値段の割に美味い
コペルト、水、コーヒー 2人で計37ユーロ

お店の名前 Ristorante Rivelli, Via Casalnuovo 27
(www.ristoranterivelli.com)
食べたもの 前菜盛合せ(5皿)ペペロンチーノをカラッと揚げたもの、ポテトをペペロンチーノで調理したもの、カプンティ(舟形のショートパスタ)のエジプト豆ペースト和え、豆腐のようなチーズ(モッツァレラではない)、あと1品(5皿で何と9ユーロ)
プリモ トゥロフィの小海老・フンギのソース(8.4ユーロ) これは美味しい。この日までの今回の旅でのプリモでは一番か。
セコンド スズキのアクアパッツァ(10ユーロ)
ミックス・サラダ
デザート(チョコレートケーキ、レモンケーキ) いずれもしつこくない味。
エスプレッソ(0.8ユーロ)とグラッパ(3ユーロ)
ワイン Carato Venusio Aglianico con vulture 2001 (Venosa)  20ユーロ

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(翌日、特産品店で14.8ユーロで売っていた)
2人で計58ユーロ

お店の名前 Il Terrazzino sui Sassi, Vico San Giuseppe, 7
食べたもの 前菜盛合せ(生ハム2種類とサラミ、5ユーロ)、プリモはトマトソース味のオレキエッテのグラタン(6ユーロ)、セコンドはスカンピのグリル(冷凍もの、4尾、8ユーロ)、ミックス・サラダ(3ユーロ)、ハウスワイン(5ユーロ)、コーヒー、水、コペルト込み、2人で計34.5ユーロ

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「歩き方」に「バリサーノ地区の見晴らしがいい」と出ていたので昼食で訪れる。
外のテーブルにしたので確かに景色はいいが風が強かったのが難点。料理はまぁまぁ。オレキエッテのグラタンが美味しかった。
時間がない人にはパノラマを楽しむことができるかもしれない。

◆買う
Sambuco (Parco Nazionale del Pollino) 食後酒 50ml 7.5ユーロ
オリーブオイル 250ml 4,5ユーロ
このあとバーリでお土産用にこの大きさのオリーブオイルを探したが、イタリアの家庭用に小さすぎるのか見つけることができなかったので1本だけでも買えたのは正解。
お店 Paloi food&beverage, Uffici in vico ? Cappuccini,1/A
(www.paolifood.it)

ワイン Covo dei Briganli, AGLIANICO DEL VULTURE 2000 24.6ユーロ

 

◆読む
・南イタリアへ!―地中海都市と文化の旅
陣内 秀信
4061494465

著者はイタリア建築・都市史の専門家。副題に《地中海都市と文化の旅》とあり、ナポリ、レッチェ、マテーラ、パレルモなど14の町の歴史や町並み、建造物、市民生活が紹介されている。観光ガイドブックとは違った町の魅力を伝えていて、南イタリアへ行く気を起こさせた1冊。

・『駱駝』創刊号 (小学館 880円)
2005年6月10日発行、《南イタリア縦断大特集 食遺産・名画遺産の旅》にひかれて購入。今回のレッチェ〜アルベロベッロ〜マテーラ〜バーリの旅の準備中タイミング良く出たので随分参考にした。ホテル、リストランテ選びに活用。

Alberobello(アルベロベッロ) 2005/9/13〜14

◆まるでお伽の国
あのとんがり帽子の、そしてきのこのような、まるでお伽の国のようなトゥルッリ。プーリアの旅を計画したときからこの世界遺産の町を訪れることを決めて日程を決めた。
レッチェからアルベロベッロに向かう。途中マルティーナ・フランカで下車、遊ぶ(詳しくは「マルティーナ・フランカ旅行記(9/13)Martina Franca」にて)。
マルティーナ・フランカ発13時03分の列車に乗り、わずか7分でアルベロベッロ到着。

ちっちゃな駅だ。駅前にはタクシー乗場もバス停もない。予約していたホテルは「歩き方」の地図でみるとかなり遠そうだ。

マルティーナ・フランカでお昼にありつけなかったのでまずリストランテを探してランチを取ってからタクシーかバスに乗ることにしてマッツィーニ通りを市街地の方に歩く。

◆創作イタリアン
1つ目の信号を渡ってほどなく左手に“ロカンダ・何たらかんたら”という看板を見つける。看板にはトラットリア・バールとあったのでさっそく左折してその店に行くとご主人が出てきて話しかけてくる。

我々がスーツケースを持っているのでロカンダ(旅籠)の泊り客だと思ったようだ。トラットリアはあいているかと尋ねると建物の右手にある外階段から下へ回ってくれとのこと。

スーツケースを持ちながら階段を下り地下1階へ行くと中は感じのいいゆったりとしたリストランテ。時間帯が外れていることもあって客は2組しかいない。途中で地元とおぼしき老若男女11名が入ってきた。何かのお祝いの集まりのようでにぎやかだ。

メニューを見て何にしようかと考えるが、ちょっと普通のリストランテではない感じがする。最近創作和食というジャンルの店が増えているが、たとえていえば創作イタリアンか。
前菜には「梨のカルパッチョ」、「パッションフルーツ味ソースの小さな海老」。プリモは「小さなロブスターのタリアテッレ」、「海の幸のニョッキ」、ワインはボトルで赤を頼む。食後にはジェラートとカプチーノで締め3時に店を出る。

タクシーを呼んでもらうことも考え、お店のご主人にホテルの名前を告げ遠いかどうか訊くと歩いて5分くらいだと言われ、またスーツケースを引っ張って歩く。

ポポロ広場まではすぐだったが次に向かう方向がまったくわからない。ポポロ広場にはインフォメーションがあったが閉まっていて教えてもらうこともできない。

大きな通りの向こう側斜面にトゥルッリの屋根が見渡せたのでそっちの方向だと当りをつけ、その大きな通りを渡って小径を上る。上り始めたところでトゥルッリの前に座っていた年輩の女性に尋ねるとこの道でいいとのこと、そのうち左手に公園のような空き地がありそこで少し広い通り(via Cadore)に出たので左折、ほどなくサン・タントニオ教会に出る。予約していた5つ星ホテルはその少し先なのだ。

結局15分ほどかかった。サン・タントニオ教会を下りて行くとアルベロベッロ観光の中心の通り、モンテ・サンミケーレ通りに出ることがあとでわかったが、階段状になっていたのと観光客が多くてとてもスーツケーツを持っては上がってこれないので我々の歩いたコースが正解だったことを知る。

◆5つ星にしてはさえない
5つ星にしてはさえない小さなドアを開けて入るとフロントがある。ロビーなどはパンフレットを置いてある程度のスペース。部屋(12号棟)の鍵を受け取り庭を抜けて案内してもらう。庭を抜け何棟かを通り過ぎてさきほどのサン・タントニオ教会の裏手に12号棟があった。2棟続いたコテージ方式になっている。
ドアを開けるとリビング・ルーム(というよりはダイニング・ルームか、大きなテーブルがあって地図やガイドブックなどをひろげるには良かったが)、その左の突き当たりがバス・ルーム、その左にベッド・ルーム。内装は質素、天井や壁は真っ白、床は茶色のタイル。本物のトゥルッリかもしれないがハード、ソフトとも5つ星を感じさせるものは何もなくがっかりだ。

◆マリアおばさん
一休みして世界遺産のリオーネ・モンティ地区のトゥルッリ群を見に行く。サン・タントニオ教会はトゥルッリを模した建物だが比較的新しく町の雰囲気に合わせて建てられたもののようだ。ここを右折し、通りを下りて行く。さすがに観光客が多い。

突然、背中の後ろから『コンニチワ!』と声がかかる。『こんにちは』と返事をして振り向くと、日本大好き、日本人大好きのマリアおばさん。今年は日本に3回も行ったそう。アルベロベッロと合掌造りの白川村が姉妹都市になりそのために1回、愛知万博の多分出展の関係だと思うが1回、そのあと8月に東京へ行き、8月31日(この2週間ほど前)に帰ってきたとのことだった。
このマリアおばさん、田島麻美さんの「南イタリアに行こう」にも登場している。また、先日放送されたNHKの《探検ロマン世界遺産 〜とんがり屋根の不思議な街〜 アルベロベッロ》では屋根から水を貯める仕組みを説明していた。

マリアおばさんの家は「手縫い刺繍」の店。買う気はなかったが『入って、入って』というのでお邪魔する。雑誌「LEON」を開き、『この○○さんは私の友達』とかいいながら今度は次から次へと別の本を見せようとする。お礼を言って出ようとすると今度は『美味しいお茶があるから飲んで行って』。こちらは観光をする身、あまり時間をつぶせないので『時間があったらまた寄るから』と言って失礼する。

南イタリアに行こう
田島 麻美
457529568X

◆ヨーコさん
少し下ったところのお店の入り口に日本人女性がたたたずんでいる。テレビ(ぽかぽか地球家族)で紹介されたヨーコさんだと相棒が言ったので『ヨーコさんですか?』と声を掛けると『そうです。どうぞ、中に入って屋根の上にあがりませんか?』と誘われてご好意に甘えて屋上に上がる。

一面、という言い方はおかしいかもしれないが、トゥルッリの屋根、やね、ヤネ・・・・・・。幕張出身でもうアルベロベッロに来られて14年、ここのご主人と結婚されているとのこと。

短時間だったが、いろいろなことを教えてもらう。アルベロベッロからマテーラへの行き方、美味しいジェラテリア、リストランテを教えてもらう。我々が昼食を取ったところは地元ではおすすめだとのこと、我々も結構いい嗅覚を持っているんだなぁと内心嬉しくなる。
ヨーコさんのお店には若い日本の女性、Webで輸入雑貨&ビーズアクセサリーのお店を開いているMicheyさんに出会う。ホームステイしながらいろいろと勉強しているようだ。ヨーコさん、Micheyさんのお二人から名刺をもらってヨーコさんの店をあとにした。

◆まるで成田山の参道
この通りは、アルベロベッロ観光のメインだが、相棒いわく成田山の参道みたいだとのこと。

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売っているものこそ漬物や饅頭などはないが、通りに面した世界遺産の建物はほとんどが土産物屋。その間に、トラットリアや部屋数の少ないアルベルゴ(ホテル)が埋もれている。我が同胞の観光客も多いとみえ、日本語で呼び込みをはかっている。俗化していて、メルヘンの世界がぶちこわされる。

ポポロ広場の左側にヨーコさんから教えてもらったイタリア一美味しいというジェラテリアを見つけたが残念ながら休暇中。

ポポロ広場へ戻り、今度はヴィットリオ・エマヌエーレ大通りをどんどん進み正面に見えたサンティ・メディチ・コズマ・エ・ダミアーノの聖所記念堂へ行く。

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さらにその先にあるトゥルッロ・ソヴラーノに入る。今回のプーリアの旅で初めて入場料を払う(1人1.5ユーロ)。この建物は珍しい2階建てのトゥルッロだ。裕福な人の家だったらしい。ここにはイタリア人の5〜6人のグループがいたが、説明をしていてそれに質問しているのか、何か行き違いがあって口論をしているのか、うるさくてうるさくてたまらず早々に退散した。

ここを出てからは特にこれといった見所もないのでいろいろな道を試してホテルに戻る。

再び出かけ、例の参道を下りるとまた背後から『コンニチワ!』、『お茶に寄ってて』。『時間がないので』と言うと『あとで是非寄って!』という感じ。断るのも一苦労だ。下ると今度はまたヨーコさんに出会う。リストランテをもう1軒、1本南側の通りの店(Casa Nova)を教えてもらった。

どんどん下りマルテッロッタ大通りを越えアイア・ピッコラ地区へ足を踏み入れてみた。リオーネ・モンティ地区とは雰囲気ががらっと一変する。もちろん地形的に斜面でないこともあるがトゥルッリが立ち並んでいるものの観光客がいないこともあって普通の住宅地そのものだ。あまりうろうろするのも申し訳ないので戻ることにした。そのとき雨がパラパラ降ってきたのでホテルへいったん帰る。

ホテルでは翌日の出発時刻の検討をする。そのためにフロントで列車の時刻を教えてもらおうとしたが、何時に乗るのかと訊かれ、それがわかれば尋ねる必要もないのだが、8時というと表を見て口頭で8時台は何分だと答えが返ってくるのでいらいらする。何回か繰り返してこちらからその表のコピーをもらえないか頼んでようやくコピーを手に入れる。全く5つ星とは思えない対応だ。

◆結局ランチを取った店へ
20時をまわったところで夕食に出かける。

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ヨーコさん推薦のCasa Novaに決め出かけたもののやっていないようだ。ヨーコさんからは両方の通りに面して2つ入り口があると聞いていたので反対側にも回ってみたがどうやら休みのようであきらめ、結局ランチを取った店へ行くことにする。少ない日程の旅行ではいいと思ったリストランテはほかに当てがなければ再度行くのが鉄則だ。ポポロ広場に看板が出ていてその方向へ行くとすぐだった。

2度目だと店の雰囲気も分かっている。ヨーコさんは他の旅行者にも教えたから日本人がいるかも知れない、と言っていたが結局は我々だけ。
ここでは是非前菜盛合わせを頼んでみて、といわれていたのでそれを頼んだが、一言でいうと前菜の嵐。何と次から次に10皿も出てくる(1人前7.5ユーロ)。サーモン、パッションフルーツ味ソースの小海老(昼と同じ)、カニかま、ゆでた小さなタコ(味があまりしない)、ビーフの煮込み、ビーフカレー?(カレー味はないがライスにかける)、馬肉?のカルパッチョ、チーズやレバーのフリット(大皿)、サラミとチーズ(モッツァレラかも知れないがもっとやわらかい豆腐みたいなチーズ)、ロブスター(ナスとポテトの3段重ね)。
プリモはチコリのトマトソースのオレキエッテ(4.5ユーロ)1品にする。ソースの味が薄かったが前の晩もトマトソースだった我々にとっては食べやすかった。
セコンドはメニューには魚料理がなかったがカメリエーラに相談し前菜からそれぞれ選ぶ。ムール貝の煮込み。ソースが美味しくこれをさらうようにパンがついていたがお腹がきつくなるといけないので少しだけにする。もう1品はロブスターのグリル。形は小さい、これを半身に切り、ハーブで味付け。かなり塩辛い小さないかが添えられたもの。あわせて13.5ユーロ。

ワインは地域別にワインリストが作られていて沢山あったので選ぶのに困ったが、プーリアの、ということでターラントのもの(Patrula Tenuta Zicari, 18ユーロ)を選ぶ。このワインは20度が最適温度ということで7分待ってくれということで儀式が始まる。さっきまでのカメリエーレがソムリエになりワインクーラーに差し込んだ温度計を一生懸命にらめっこしている。イタリアで何十回もワインを飲んでいるがこんなのは初めてだ。おかげで濃厚な味わいを堪能できた。
食後に相棒はグラッパ、私はカフェにし、約2時間の食事を楽しんだ。

外に出ると相変わらず雨。

ホテルに戻ると玄関のドアに鍵がかかっているのでチャイムを鳴らしてフロントのおじさんに出てきてもらう。

◆朝のトゥルッリ
夕べの雨も上がっていたので朝の散歩で人気のないトゥルッリ群を歩く。気持ちがいい。朝焼けの中、例の参道、モンテ・サンミケーレ通りを下る。呼込みもなくて落ち着いた気分だ。アルベルベッロにはツアーで立ち寄るのが一般的のようだけれど、朝日の中をとんがり帽子の景色をゆったりと楽しめるのは泊まった者だけが体験できるメリットだ。

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適当に切り上げモンテ・サンミケーレ通りを戻ると、どこから見ていたのか、この日もさっそくマリアおばさんから声がかかる。多少予想していたとは言えまだ朝の7時頃なのでちょっとビックリ。
『カフェが美味しいから寄っていきなさいよ』とまた誘われるが『これから朝食なので』
とやんわりとお断りすると『じゃあそのあといらっしゃいよ』と再度のお誘い。『8時28分の列車に乗るので』と答えると、『駅まで車で送って行くから』と食い下がられたが何とか振り切ってホテルに戻る。

朝食後、モンテ・サンミケーレ通りを避けて前の日最初に通った道を下りておよそ15分で駅に着く。
バーリ行の列車(ディーゼル)はわずか1両、車内はバーリへ向かう学生でほぼ満員だ。定刻に発車、アルベロベッロの旅を終え、バーリ経由マテーラへと向かう。

◆食べる
●リストランテ
お店の名前 La Locanda di Don Antonio, Via Giove. 8
食べたもの 昼食 本文の通り チップ込み 2人で44ユーロ
夕食 本文の通り チップ込み 2人で63ユーロ
1日で2度行ったのは海外旅行経験でも初めてだったが、それに値するリストランテ。

◆泊まる
●Hotel Dei Trulli (★★★★★) ,Via Cadore 32, Twin 22,200円、アップルでネット予約
本文の通りとても5つ星とは思えないホテル。

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南イタリアのホテル代はそう高くないのでここの22,200円というのは決して安いわけではない。特に朝食は最悪。宿泊客が少なかったのか我々が早すぎたのか散歩を終え7時15分頃だったが、朝食は7時からということだったのに準備されていない(テーブルセッティングも食べるものも)。あわてて用意されたビッフェスタイルの料理も今ひとつではなく今ふたつ。ここに比べると2001年夏、泊まったタオルミーナのサン・ドメニコホテルは正真正銘の5つ星だと思う。

◆買う
●ヨーコさんのお店 Via Monte San Michele, 43
プーリア州の民芸品、オカリナ、テーブルクロス、パスタ、最高級オリーブオイル、珍しいワイン、トゥルッロのミニチュア等がお勧め(ヨーコさんのお店のカードから)。

Martina Franca(マルティーナ フランカ) 2005/9/13

◆行く
今回のプーリアの旅ではこの町を訪れる予定はまったくなかった。
2泊したレッチェの次の宿泊地はアルベロベッロ、FSのES(ユーロ・スター)でレッチェからバーリまで約2時間、バーリから私鉄Sud-Est線で1時間40分、接続に時間を考えると4時間かかるが最初はそのつもりだった。ところが、レッチェから私鉄Sud-Est線に乗りマルティーナ・フランカで乗り換えれば2時間半前後で行けることが日本出発直前に分かりとりあえずインターネットで時刻表を調べてプリントし持って行った。

レッチェ2日目にガッリーポリへ行ったときにその日からいわば秋の時刻表に変わったのを知り、駅で手書きで写し取る。
レッチェからFSでバーリとの中間にあるオストゥーニに寄ってアルベロベッロに行くというアイデアも浮上したもののオストゥーニからアルベロベッロへの交通の便がホテルで訊いてもわからず、しかもローマからレッチェへ向かう車窓から見えたオストゥーニははるか山の上(イタリアの町にはありがちだが)だったこともあり断念し、マルティーナ・フランカ経由を選択した。

時刻表をよく見るとマルティーナ・フランカからアルベロベッロまではすぐで15分くらいしかかからないが接続がまったく悪い。レッチェを12時47分の列車に乗れば待ち時間は7分でこれが乗換えにはスムーズだが行動するには中途半端な時間だ。その前は7時59分、待ち時間は何と1時間半以上。

それならば待ち時間を利用してマルティーナ・フランカをちょこっとでも観光しお昼を食べてアルベロベッロへ行こうと相棒と意見が一致した。

レッチェの5つ星ホテルをチェックアウトし、到着した日に部屋まで案内してくれたラガッツオ(ボーイ)が玄関前にいたので挨拶して駅へ向かう。

定刻の7時59分発車、前日のガッリポーリ行きとはうってかわって車内はすいている。列車(ディーゼル車)はぶどう畑の中を行く。横に広がったぶどう棚の畑がほとんどだがたまに縦型のぶどうの畝も見える。

オリーブの木はバーリからレッチェに向かう車窓からも見えたが幹がねじたれたような太い大きな老木が目につく。そうこうしているうちに例のとんがり帽子のトゥルッリが点在しているのが見えてくる。トゥルッリといえばアルベロベッロと思い込んでいたのでこれは意外だった。

マルティーナ・フランカ駅、定刻の9時51分到着。トイレに行こうとすると駅の外から来たおじいちゃんが人なつこそうに何か話しかけてくるがとりあえず無視。駅の外に出てみると市内バスが停まっていて(ここにさっきのおじいちゃんがいるが)運転手に確かめると町の中心近くまで行くことが分かり料金は1人1ユーロとのこと、スーツケースを持って乗り込もうとするとくだんのおじいちゃん、『車なら5ユーロで行くよ。どう?』。おじいちゃんは白タクのアルバイトでした。バスの運転手も顔見知りのようで特に文句も言わないという感じだ。

スーツケース2個も込みで5ユーロだということを再確認し白タクに乗り込みチェントロ・ストリコへ。初めは大きな道を登っていったがそのうち細いくねくねした道に入ったと思ったらちょっとした広場に出る。

『ここがチェントロ・ストリコだ』と言って車を止める。サン・マルティーノ聖堂前の広場(ピアッツァ・M・イマッコラータ)だ。おじいちゃん運転手は『駅までの帰りに乗りたいなら電話をして欲しい』と言って初めに名前と携帯の番号をメモしてくれ、『携帯に出ない時は家にいるから』と家の電話番号も書き込んでくれた。『アルベロベッロまでは幾らで行ってくれますか?』と尋ねると20ユーロだとのこと、これはひょっとしたら使うかなぁと思い、別れる。

◆見る
サン・マルティーノ聖堂はちょっと奥まったところに位置しており手前の広場からファサードを見た時、バロック装飾の見事さに思わず息を飲む。聖堂の方に近づくと階段が数段ある。それを上るとまた聖堂の前にもう一つ広場(ピアッツァ・プレビシート)がある。

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左側には時計塔。手前の広場の周りにはリストランテ、バールはじめ幾つかの店があるものの時間が10時ということもあってスーツケースを預かってくれるようなところもなく聖堂に入るには邪魔なので交替で見ることとした。
正面ファサードはこの地方特有のバロック彫刻の華麗さであるのに対し、内部は荘厳さを感じさせる。天井などはきわめてシンプルだがさすがに周りはバロック的だ。主祭壇には左右2本づつ茶色っぽい大理石の柱があり立派でサン・ピエトロ寺院の主祭壇を思い出してしまった。

この聖堂を出ると相棒が「歩き方」の中から次のスポット(モトレーゼの館)を決めていたようでそれに従うが、詳しい地図を持っていないこと、そして細く曲がりくねってしかも平坦ではない小径をガラガラとスーツケースを持って歩くのはしんどい。そうこうしているうちに突き当たった道に教会がありそれがサン・ドメニコ教会(ファサードは修復工事中)だということが分かったものの方向感が分からず目的のモトレーゼの館はみつからない。
通りをふと見渡すとミシュランに載っていたリストランテの名前が書いてある看板に気づく。それが通りすぎたばかりのホテル(Villagio In)と同名だったことを知り、そんないいリストランテがあるなら昼食を予約してスーツケースを預かってもらうつもりで逆戻り。ホテルのフロントにいた女性にお願いしたところ、リストランテは定休日だけれどスーツケースは預かってくれるとのこと。ご好意に甘えることにする。

身軽になってサン・ドメニコ教会まで戻りプリンチペ・ウンベルト通りを下ってカルミネ教会へ向かう。この通りはカルミネ門まで続いている。カルミネ門を出ると大きな道路、ベッリーニ通りに突き当たるがこれを左に曲がると右手の小さな公園のすぐ向こうにカルミネ教会が見えた。ファサードは白い大理石が少し黄ばんでさびれたような感じだ。しかし、内部はそれに反して明るくてきれいだ。教会を出て手前の公園で一休み。町自体が高台にあるので見晴らしはいい。

市内の地図をまだ手に入れていないので「歩き方」の地図にしたがってベッリーニ通りを戻って町の中心部にあるドゥカーレ宮殿に向かったものの道がわからなくなり、歩き回っているうちにいつの間にか広場に出た。ベンチに座っているおじさんに『ここはどこですか?』と尋ねるとローマ広場だと教えてくれる。まさに目指していたところ、広場に面している建物がドゥカーレ宮殿だった。ここに観光案内所があったので地図をもらい、アルベッロ行きのバス停と時刻を教えてもらう。また、念のため駅までの道も教えてもらった。

ドゥカーレ宮殿は案内所でもらったきれいなパンフレットによると1688年ペトラコネ5世によって建てられ政治的にも経済面でも芸術の分野でも名声を博した大変贅沢なデザインの建物だ。

今は市庁舎として使われているようだが、2階はSala Dell’ Arcadia という美術館になっている。2階へ上る階段はシンプルだが、ゆったりとしている。美術館といっても当時のそのままの部屋が何部屋か公開されているようだ。調度品が置かれていたり主の肖像画が壁に掛けられている。そして壁一面にはギリシャ神話なのか聖書からなのか素晴らしい絵が描かれている。公開されている部分はそう広くはないようだがが小さいながらも往時をしのばせる美術館だ。

昼までもう少し時間があるのでカヴール通りのバロック建築を見ることにしてローマ広場から一番初めのサン・マルティーノ聖堂に戻るためにヴィットリオ・エマヌエール通りを進んだがあっけないほどすぐ近く。旧市街は狭いのだ。途中見つけたリストランテ、トラットリアはまだ開いていない。聖堂前の広場に面したお店も依然として閉まっている。
カヴール通りを下り始めるが通りは非常に狭い。極端にいえば建物が両側からおおいかぶさってくるような感じだが、通りに面した建物は見事にバロック様式で装飾されている。

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案内書でもらった地図にはファネッリ、マリ、カサノヴァ、マッジの館が表示されている。その中で一番下にあるマッジの館前の小さな広場でUターンしサン・マルティーノ聖堂まで戻って広場を抜け最初に見落としたモトレーゼの館を再び探す。

サン・ドメニコ教会のすぐ近くだった。ここも当然バロック建築だ。そのあとサン・ドメニコ教会の前に出たら背中の後ろから地元の住人だろう、『この教会は見たかい?』と声がかかる。

マルティーナ・フランカで昼食をとろうと思い、道々チェックしてみたもののほとんど閉まっていた。1軒だけ準備中みたいだったので覗いて訊いてみると1時間ほど待たなければならないようで結局あきらめる。
スーツケースを預かってもらっているところがサン・ドメニコ教会のすぐ近くなのでお礼を言って引き取り、FSの駅まで歩いて向かう。ところが行きがタクシーだったので幾ら地図の上で道を教えてもらったにしても、途中で通りの名前が変わってしまったこともあって全くどこにいるのか分からず迷子状態になってしまう。

通りがかった品のいい老婦人に尋ねると、すぐ次を右折し、また次を右折するよう教えてくれた。これはこれで合っていたがどんどん行ってもどうも自信がもてない。今度は通りに面したブティックに入り、お店の人に尋ねるとまっすぐでいいとのこと、先へ進む。ところがまっすぐの道が行き止まりになっている。
下の方に駅らしきものが見えたがどうやって下りたらいいかわからない。前方にはこの町にしては大きなマンションが立ちはだかっている。スーツケースさえなければ身軽に動けるのだがしようがない。このマンションをぐるっと迂回してみたらようやく下の通りに下りることができた。
何とか13時03分発の列車に間に合う。この列車は2階建ての展望車だった。アルベロベッロまではわずかなので展望を楽しむ余裕はあまりない。アルベロベッロには13時20分到着。

Gallipoli(ガッリーポリ)2005/9/12

◆行く
レッチェに2泊した真中の日、ずっとレッチェにいるのも飽きるかなぁと思って最初の予定ではアッピア街道の終点、ブリンデッシにでも行こうかと考えていた。

ところがローマからレッチェに向かう6時間半のES(ユーロ・スター)の車中、暇つぶしにガイドブックほか持参した本、雑誌の付録など読んでいるうちに、レッチェの近くに生ウニを食べられる町があることを知った。それがガッリーポリだ。
ただ、ガッリーポリを紹介していた本にはレッチェからの距離が40Kmとあったものの鉄道での所要時間が書かれていない。

この日の朝、まだイタリアに着いてから2泊目ということもあって早く起きたので、相棒はバス停留所へ、私は駅に時刻表を調べに行くことにする。
駅へ向かう途中、ホテルから数分のところにインフォメーション発見!まだ開いていないが表に時刻表が貼り出されていたので早速メモする。これで役割を果たしたのでホテルへ戻っても良かったが、駅までの道のり、所要時間を確かめるため駅へ向かう(前の日、駅からホテルまではタクシーに乗り、このタクシーが旧市街に入らず大きく迂回したから駅までの通り道がわからなかったのだ)。

地図で小さな路地を確認しながら左へ、右へ、曲がってそして右道なりに行くと駅からの大きな通りに出た。ホテルから駅まで15分少々。駅の中で到着・出発の表示板と掲示されている時刻表を照らし合わせ再度確認してホテルまで戻る。
駅よりも近いはずのバス停に行った相棒がなかなか戻ってこない。地図上のバス停がなかったことと、帰りに旧市街特有のくねくね道で迷ったようだ。

結局バス停は駅の近くらしい(確かに駅前にバス停はあったが、市内バスだとばかり思っていた)が列車の時刻もわかったので9時02分のガッリーポリ行きに乗ることにし、朝食後駅へ向かった。

切符売場でメモを見せるがFSE(私鉄、Sud-Est線)の売場は別のところだと言われる。地下道をくぐってFSEのホームへ行ってみたものの見当たらない。ちょうど停車していた列車に運転士がいたので乗り込み尋ねると、今度は駅の向こうを右に曲がったところだと言われる。そこも違う。もう一度最初の売場で訊くと1番ホームを右に曲がったところだと言われ、ホームをどんどん行くと一番先にFSEの緑の看板があった。
メモを出したらそこに「9:43 No.6」と書かれたので、「9:02」と書き直して見せると、時刻表が変わったとのこと、あとで夏休みのヴァカンスシーズンが終わり今日(9月12日、月曜日)から変わったことを知る。掲示されていた時刻表は運悪く前日までのものだった。こういうトラブル遭遇は個人旅行につきもの。
次の列車まで駅の近くをぶらぶらする。といっても何があるというわけでもなくそれほど時間をつぶせない。早めにホームに行って列車を待つが、単線のため遅れて入線し約20分遅れで発車。車内は大変な混雑だ。満員のため立っている人も沢山いる。途中の駅(ゾッリーノ)で大半の人が降りた。11時ガッリーポリ到着(列車は1両になっていた)。

駅を出て広場を突っ切りまっすぐ行くと大きな通りにぶつかったので右に曲がる。

 

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この町についてはガイドブックに出ていないので地図を持たない我々にとっては、田島麻美さんが書いた『南イタリアに行こう』]がガイドブック代わり。それによるとこの大きな通りがローマ通り。小さな町にしては道幅が広く、通りに面した建物も新しいものもあって開放感がある。
町の構造として駅からしばらくは新市街、橋(ポンテ・チッタ・ヴェッキア)を渡った向こうの島が旧市街ということらしいのでシチリアのシラクーザみたいなイメージを持っていたが新市街はそれほど大きくなくすぐ橋に着いてしまった。橋の向こうに昔のお城があうる。要塞としての役割を持っていたようだ。

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右手はもう海だ。この海はアドリア海ではなくイオニア海、ガッリーポリは、かかとでもちょっと土ふまず側に入ったところにあるということがわかる。

この橋を渡ると旧市街。入ってすぐローマ通りは突き当たってしまい左右の道路に分かれる。

旧市街に入るために左に曲がったが、その直前の食堂(としかいいようがない)の前で座っていた男性からランチのチラシを受け取ったがお昼には時間も早いし、田島さんの本に出ていた生ウニの食べられる店が頭の中にあったのでそのまま進む。
左に曲がってすぐ左手にメルカートの建物があったが中には土産物屋が数軒。そのすぐ先の狭い路地に入る。目当ての生ウニの店は魚市場の近くと思い込み魚市場を探す。

両側には間口の狭いお店が続いているが、魚市場を見つける前にVecchia Osteria発見。店の前にはテーブルが一つ、何かわびしそうでイメージしていた魚市場前のシー・フードの店とはかなり違う。通りから中を見ると、11時半前なのでいわば準備中みたい。
とりあえず路地をさらに進むとどうやら左の建物がドゥオモのようだ。左折すると正面ファサード前に出た。狭い路地からファサードを見上げると一面バロック様式の彫刻がものすごい。

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中は3廊式で左右各7本の柱で分かれている。周囲はフレスコ画で一杯だ。
途中の観光案内所でもらった地図では他にも見所はあるようだったがあまり考えずにドゥオモの前の通りから右折し、旧市街の本当に細い道を歩いているうちにどこにいるのか分からなくなってしまい、小さな広場で地図を広げ確かめる。1本路地を勘違いしていたようだ。

現在地を確認したので今度は海の方に出てみる。途中、民宿なのか地元の人の家なのか、海水パンツ、水着が干してあるのを見てここが庶民の海水浴場だということを知らされた。

海側に出てみると眼下に浜辺が見える。ちょうど小さな湾になっていてまるでプールのようなおだやかな海水浴場だ。月曜だというのに楽しんでいる人が多い。

050912_1147~01 この海はイオニア海だ。おだやかな水平線が見える。早朝のレッチェでは気温が低くひんやりとし、もやがかかっていたがここでは時間も時間だけあって暑く空には久しぶりの入道雲を見た。

 

 

 

 

 

 

時間も12時近くなったので件の店へ向かう。途中、通りに椅子を出して座っていたおじいちゃんに背後から英語で『ガッリーポリは好きかね?』と声をかけられたので『イエース』と答える。

そのすぐ先がチェック済みのVecchia Osteriaだ。店の中を覗くとまだ誰も客はいなかったがお店の人(若い男性)がいてもうオープンしているようなことを言うので中へ入ろうとしたら『外のテーブルで』とのこと。

入口の前にあったテーブルかと思ったら、店からほんのちょっと離れている向い側の角(メルカートの建物からこの通りに曲がったところ)に案内される。行きにそこにお店(テーブル)があるのには気がついていたがまさかそこが目指す店だとは思ってもいなかった。
まずメニューを見せてもらう。ウニは前菜の中で一番下にあったが値段が書かれていなかったのにすぐ上に書かれていた魚介類の盛合わせ(15ユーロ)と同じだろうと思い込み、また個数も知らずに注文する。他には、前菜盛合わせ(12ユーロ)、海の幸(Frutti di mare)のスパゲッティ(8ユーロ)、海の幸のオレッキエッテ (8ユーロ)、ハウスワイン(白、1リットル)。
前菜盛合わせは今回の旅ではどこでもそうだったが一皿に盛り合わせているのではなく何皿かのつまみが出てくる。前菜の金額にもよるが一番多かったのは10皿、ここでは4皿だった。いわしのマリネ、小ぶりなムール貝の焼き物にピッツァ風トマトソースのナスが添えられたもの、ムール貝のリゾット、タコの煮物。どれも美味しくて昼間にもかかわらずワインの進むこと。
これを平らげたところにお待ちかね、生ウニ登場。日本のウニより小さめ。

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上の部分1/3くらいをスパッと切り取った形のものが何と22個。中の余計なものはきれいに取ってくれたのだろうか、上からみると真中から★のように5本の筋のウニ、これをスプーンですくって食べる。甘くて本当に美味しい。わざわざ来た甲斐があったというものだ。

あとでお勘定してもらったらこの生ウニはわずか10ユーロ。これにはびっくりした。2皿頼んでも金額的にも量的にも良かったかもしれない。

普通パスタはソースで選ぶものだと思っていたらこの店では全部Frutta di mare だった。そこでパスタを選ぶことになったのだが定番のスパッゲティとプーリア地方独特のオレッキエッテにしたが同じ具でもパスタの食感の違いを楽しむことができ、また両方とも美味い。

裏の海を見ながらの食事で最高のランチとなった。お勘定を頼むと食後のコーヒーはどうかと聞かれたが、13時29分の列車に乗りたかったので遠慮する。

食べ終わったあとは行きに来た道をそのまま戻り13時29分の列車に乗る。車内の高校生が通学の帰りで騒ぎまくっている。うるさいと思う反面どこの国でもこの年代の少年たちは同じだなぁとほほえましくも思う。
途中で乗換えとなり予定より少し遅れ、14時45分レッチェ到着で「生ウニ・グルメの半日の旅」を終えた。

◆食べる
●リストランテ
お店の名前 Vecchia Osteria, Via Antonetta de Pace, 15
食べたもの 本文の通り、水、コペルト込みで50ユーロ(計52ユーロのところ端数をサービスしてくれた)、チップ4ユーロ。

[b]◆読む[/b]
本の名前 『南イタリアに行こう』田島麻美著(双葉社 1700円)』
イタリア在住の著者が南イタリア各地をドライブした時のエッセイ、訪問都市情報が満載されていて随分参考になった(一部間違いもあるようだけれど)。
たまたま今回の旅の直前にこの著者が『ミラノから行く北イタリアの街』という新刊書を出したのを書店店頭で手にし、南イタリア編が既刊であることを知って探し回り出発6日前に新宿のJUNKUDOで見つけ購入。

Lecce(レッチェ) 2005/9/11~13

 

◆長靴の踵から
イタリア半島は長靴。そのかかとにあるのがレッチェ、このレッチェもマテーラ同様に陣内秀信さんの『南イタリアへ!―地中海都市と文化の旅』で知る。《びっくり箱のバロック迷路》と紹介されている町だ。
今回のプーリア&マテーラの旅のプランニングでは、州都バーリから入ってマテーラ、アルベロベッロを見てからレッチェに行くか、その反対にレッチェをスタートとしてバーリで締めくくるか考えた。日本からの往復はローマなので、まず初めに一番遠くまで行きだんだん戻ってくるイメージのルートを選び、レッチェを起点とすることにした。

◆ローマからレッチェへ
前日夕方ローマに着く。レッチェまでは鉄道に決めていたのでホテルはテルミニ駅からすぐのところを予約していた。チェックイン後、夕食のために外出した際テルミニ駅の自販機で7時38分発ES(ユーロスター)のチケットを購入(1人39ユーロ)。

7時27分テルミニ駅のホームに着くとすでにESは5番線に入線していた。予約していた指定席の車両は先頭の9号車、車内は結構混んでいる。
ローマを出て30分~1時間経ったあたりに右側に島や山が見えた他は平地。ぶどう畑とオリーブの木々ばかりだ。
カゼルタでは列車が駅に着く直前に世界遺産の王宮が見えた。
フォッジアでスィッチバック式というのか列車の進行方向が反対になり我々の乗っていた車両は最後尾になってしまう。
フォッジアを過ぎてからは心なしかぶどう畑よりもオリーブの木が優勢。ところどころにかぼちゃのような色をしたラグビーボールのような形の植物が見える。相棒と「何だろう」と考えたがわからない。
最終訪問地のバーリは停車している時に車窓から見た感じでは駅周辺には大きな建物が多くそれなりの大都会のようだ。
バーリを過ぎしばらくすると右手に白いウェディングケーキといわれるオストゥーニの町がはるか向こうの丘の上に見える。こんなに駅から遠くてはアルベロベッロに行く途中FSでオストゥーニまで来ても町まで行くなんていうのは無理のようだ。
この付近には古い大きなオリーブの木が目立つ。樹齢は一体何年くらいなのだろう。

そうこうしているうちに定刻より4分ほど早く14時05分にレッチェ到着。初め混んでいたが終点レッチェまで乗っていた客はわずかだった。

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◆駅から旧市街を抜けて
駅から旧市街のホテルは歩いて歩けないこともなさそうな距離のようだが、「歩き方」の地図しかなく詳しくは分からないのと予約していたホテルが5つ星だったのでタクシーに乗る。

ところが駅を出てからまっすぐ行かず右折して地図の上のホテルからはどんどん離れていく。年輩の運転手だったが一瞬遠回りしているのかと思う。途中で『フランス語を話せるのか?ドイツ語はどうだ?』と訳の分からない質問。

ホテルはサンタ・クローチェ聖堂のまん前、ただ正面エントランスとの間にある左右の建物が修復工事中のためか南側からエントランスに横付けされる。横付けするということは雲助タクシーではないようだが、料金を尋ねるとパッとメーターを戻して答えてきた。『高い!』というと『日曜だから』といいながら『13ユーロでいい』とメーター料金と荷物料金の端数を切り捨てた金額だったので払って降りる。確かに旧市街を最短距離で行くのは無理だとは思うが新市街の方へかなり遠回りしたようだ(ひょっとしたら日曜は旧市街に乗り入れできなかったのかもしれないが)。

◆困難な交渉に勝った
ホテルにチェックインしボーイに案内されて部屋に入る。窓を開けるとそこは何も見えない。このホテルの売りは《サンタ・クローチェ聖堂》が目の前に見える、とりわけライトアップされた夜景だ。それがまったく見えないなんて!
そこで部屋を代えて欲しいというと、ボーイはフロントへ電話。何やらしゃべった後に『代わってください』と受話器を渡される。フロントの担当者、さっき鍵を渡してくれた人だが、彼は『部屋がないので無理だ』というので『まだ2時半、空いているはず』と主張。『聖堂が見える部屋には限りがあり、皆さん予約時に指定しているが、貴方は?』と問われる。

何しろ電話で、英語で交渉、勝ち目はない。『ジュニア・スイート・ルームなら空いている、差額を払うならば』といわれ、穴倉のような部屋よりは多少高くともやむを得ない、その提案に乗ることにした。

また下のフロントまで戻り、顔を出したところ、『何とかやりくりがついたのでツインで聖堂が見える部屋を用意できる』とのこと、厳しい交渉に勝った!!
部屋は301号室、サンタ・クローチェ聖堂を真正面に見る絶好の部屋だ。この部屋はテラスに面していて、そのテラスの南側部分にはカフェがある。さっそく広いテラスに出てサンタ・クローチェ聖堂を写真に撮る。

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◆遅いランチ
テラスからの聖堂もそこそこに街に出かける。ホテルを出て南側には広場(ピアッツァ・サントロンツォ)があり、その真ん中ではサン・トロンツォの聖像が円柱の上に高々とそびえて人々を見下ろしている。

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ゆったりとした広場だ。とりあえずここは見るだけにして広場から南の通り(ヴィットリオ・エマヌエーレ通り)へ進みドゥオモを目指す。細い通りの正面にはサン・ティレーネ教会が見えた。ファサードは見るからにバロック様式そのもの。

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通りはこの教会のところから道なり左に曲がっている。

教会の横、通りの反対側に大きなパラソルがいくつも開いたオープンカフェがあり食事もできそうだったので遅いランチにする。それぞれ1品に赤ワインをグラスで1杯、レッチェからの旅のスタートを祝って乾杯と洒落込む。このカフェの一角にあるリストランテ入口の壁には「野外映画会」のポスターが貼られていた。今や日本ではもうはやらないと思うが、昔、こどもの頃の夏に近所で行われていたことをフッと思い出した。

◆市内観光へ
腹ごしらえをすませ、ヴィットリオ・エマヌエーレ通りを進むと左手にドゥオモ広場がある。ただこの広場は四方に開けた形ではなく左の鐘楼、正面のドゥオモ、右の神学校で三方を囲まれたいわばドゥオモ前の閉ざされた空間だ。だからこの時間この場所にいる人は観光目的の人だけなのだろう、そう多くはない。落ち着いた雰囲気だ。

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とりあえずドゥオモ広場はこのくらいにしてヴィットリオ・エマヌエーレ通りからジュゼッペ・リベルティーニ通りへと名前が変わった通りを進むとすぐ左にサン・テレザ教会の前に出た。ここも当然ながらバロック様式だが残念ながら下の方は足場が組まれ修復工事中。

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この通りをさらに進むとルディアエ門だ。その手前には右にサン・タンナ教会、さらに門の近く、左にはロザリオ教会と次から次へとバロックの建物が現れる。サン・タンナ教会のファサードは1階部分の正面扉両側の柱が力強さを感じさせる。ファサードは動物、天使、聖人やら数々の彫刻で装飾されている。

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ルディアエ門を出ると大きな道路が通っていてごく普通に車が走っている。この門は旧市街の南の端っこにあたる。ここから引き返し、またドゥオモ広場へ。今度は正面のドゥオモに入る。中は暗い。入って左側に主祭壇があるがまわりは修復工事中のようだ。
ひととおり内部をみた後の出口は広場とは反対側の細い路地で最初は方向感がわからない。元の通りに戻ろうと何回か左や右に曲がって行くうちローマ劇場を示す看板があったので行ってみる。扉が閉まっていて中に入ることはできないがフェンスごしに眺めるが割と小さな劇場のようだ。

路地をさらに歩くとサンタ・キアラ教会のところに出る。

◆サンタ・キアラ教会へ
サンタ・キアラ教会を見るのは後回しにして左に曲がって進むとすぐ右手の一角が旧市街の商店街。その商店街が取り囲んでいるのがピアッツァ・サントロンツォなのだがそれはあとで気づいたこと。広場に円形闘技場が埋め込まれているようにあるのには驚いた。遺跡が人々の生活のなかにあるとは!

ピアッツァ・サントロンツォから北に進み比較的大きな7月25日通りを渡ると右手にはカステッロ・ディ・カルロⅤ(カルロ5世の城)がある。この城は四角い形をしていてかなり大きなものだ。この城の北側ではイタリアの地方都市特有の日曜市が開かれていた。衣料品、靴、その他いろいろな店が数多く続いている。

この場所は最初に行ったルディアエ門のちょうど反対側に位置していて、ここも旧市街の外れということになるのでとりあえず戻っていよいよホテル前のサンタ・クローチェ聖堂に入る。
3廊式で左右各8本の柱で仕切られている。天井は金の縁で装飾された木がはめ込まれていてものすごく豪華だ。
とはいえ、ここはやはり《サンタ・クローチェ聖堂》といえばバロック様式の豪華な彫刻装飾のファサードに尽きるだろう。

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サンタ・クローチェ聖堂を出ると目の前の修復中の建物の奥がホテル、これでローマを朝発ってからの長い一日の観光を終えホテルに戻る。

◆ホテル内で食事
泊まった5つ星ホテルには”ATENZA”といういいリストランテがある。2泊のうち1回はここで夕食をとろうと決めていて、当初は2日目にするつもりだったが少し疲れたので外に出る気がおこらず、ホテル内で食事をすることにした。

リストランテはロビーの左手の入口から入る。入口の近く、というよりはロビーにメニューが掲げられている。

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天井が高くシックな感じだ。テーブルの数は8~10(仕切りがあるため全体を見渡すことはできない)。中央にサーヴするための水とワインを置くテーブルがある。高級リストランテだけあってこの席数にもかかわらずカメリエーレが2人もいる。客は年輩の夫婦ばかり5組で、男二人の自分たちはちょっと肩身が狭いといったところか。

前菜としてカプレーゼ、プリモとしてオレキエッティノを注文し、セコンドは私は魚料理、相棒は肉料理を頼む。ワインはプーリアの地ワインをリクエストし、カメリエーレに選んでもらう。
注文の時に『パン、・・・オリーブ・・・』と訊かれたのですっかり「パンにつけるオリーブオイルを用意するか」と思い込み、『持ってきて欲しい』と伝えると話がかみ合わない。『ロビーの奥にあるバールから持ってくるけどそれでもいいか』という。「???」。
ようやく分かったことは『オリーブ入りのパンを食べるか?』ということだった。この辺りではオリーブ入りのパンが名物だということを思い出す。

それぞれに出てきたカプレーゼはバジルの代わりにジェノヴァ・ペースト。モッツァレラの本場ということで注文したが、固めの豆腐という食感だ。トマトは輪切り、種類は分からない。
プリモのオレキエッティノ(小さめのオレキエッテ)は肉団子入りトマトソースで肉団子はオレキエッテに納まるような直径1cmぐらいの大きさ、ドライトマトと種類不明の千切りのチーズがのっかっている。
カプレーゼもオレキエッティノも1人前ずつしか頼んでいないはずだが、いずれも2皿ずつ出てきてしかもそれぞれがかなりの量だ。オリーブの1件もあり、『言葉が通じなかったかなぁ』と心配になり、魚料理も肉料理もそれぞれ2人前出てきたらどうしようと思い、カメリエーレを呼び、魚料理のキャンセルを頼んだ。カメリエーレは一応厨房に行くが戻ってきて、『もう取り消せない』と言いにきたが、予想に反してセコンドは1品ずつ。ホッとする。

魚料理のMignulata alla Gallipoliは、海老、あさり、ムール貝、烏賊、他の具沢山のスープ。Zuppa di Pesce の一種でこれがガッリーポリ風なのだろう。少しスープが塩辛いが美味い。多すぎて食べきれない。
相棒の食べたラムチョップは逆に少し薄味のようで塩をかけていた。

2時間かけた夕食だったがボリュームが多かったせいか二人でワイン1本を空けることができなかった。
翌朝ロビーにあるメニューで価格を見たところ、請求額からみて前菜もプリモも1人前だった。それを2つの皿に取り分けてくれていたようだ。そのボリュームと心配りに大感激!

満腹のお腹をかかえ部屋に戻りテレビをつけると日本の衆議院選挙(郵政解散)の結果が報道されていた。自民党の地すべり的勝利と伝えられるのを南イタリア、かかとの町で知る。

◆レッチェは真夏そのもの
朝から昼すぎまでガッリーポリへ生ウニを食べに半日の旅をする(詳しくは(9/12)Gallipoli 旅行記で)。

朝は気温が低く空気がひんやりしていたが15時少し前に戻ったレッチェは真夏そのもの。ホテルに戻ってシャワーを浴び昼(?)寝、気持ちよく寝てしまい気がつくと17時20分。あわてて起き散策に出かける。
ドゥオモの裏手の方にあるらしいバロックの建物パラッツオ・モスリコ、《外科医の家》を探し回るが結局分からずじまい。
路地を歩いているうちに昨日のサンタ・キアラ教会の横に出る。ファサードは当然ながらバロック様式だがシンプルで、聖人(聖女?)の彫像が1階部分に4体、2階部分に2体ありファサードを装飾している。中に入ってみる。天井は細長い八角形で黒く、彫刻がほどこされている。

この教会前の通り(フェデリコ・ダラコーナ通り)を右に進むとサン・マッテオ教会だ。この教会は対照的にバロックの権化みたいだ。

丸みを帯びた建物でファサードがカーブしている。しかも下部が凸面であるの対し上部は凹面というコントラスト。「バロック」の語源に「歪んだ」という意味があるらしいがまさにそのもの。天井は角は丸いものの四角形でサンタ・キアラ教会とは反対に白くてシンプルだが一転して下の方はすごい彫刻だ。特に主祭壇の彫刻がすごい。

その後、ピアッツァ・サントロンツォを抜け7月25日通りを渡って新市街へと足を伸ばす。新市街へ向かう途中から「何かあるのかなぁ」と思うほどどんどん人出が増えてきた。月曜日だというのにイタリアの町でよく目にする「そぞろ歩き」。夕方から夜の時間を楽しんでいるようだ。
そのうち夕暮れの遅いこの町も段々と暗くなってきた。新市街をUターンし、広々とした公園(giardini pubblici)の中を歩いて戻るうち政庁舎を通り抜けることになった。

政庁舎の門を出て建物外壁を見上げるとまばゆいばかりのライトアップ。息を飲む美しさで感動ものだった。『ここはどこだろう』とさらに進むと、何とそこはサンタ・クローチェ聖堂の正面ファサード。

政庁舎とサンタ・クローチェ聖堂は隣接していたのだ。あの素晴らしい彫刻で装飾されたファサードがさらにライトアップされるとその豪華さは倍加されるようで本当に素晴らしかった。

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さて、夕食。どこにするか、ホテルのフロントでおすすめのリストランテを教えてもらったが残念ながら休み、それから旧市街を行ったり来たりして、最終的にサン・マッテオ教会の先にあるトラットリア “NONNA TETTI” に行く。

1階の席はいくつか空いていたが2階へ案内される。2階の天井はヴォールト式になっていて雰囲気も良い。外国人観光客はいない、皆地元の人たちのようだ。カジュアルではあるが名物料理も食べることができ前日とは違った意味で良い店だった。唯一の失敗はワインを選ぶ時に地ワインの中から選んだのが前日と全く同じものだったこと、名前ではわからない、ボトルが出てきてラベルで気づく。

◆泊まる
ホテル Palace Hotel (★★★★★) Piazetta Ricardi 13,Twin 190ユーロ(1泊)
「歩き方」、「駱駝」で紹介されていて、旧市街、しかもサンタ・クローチェ聖堂の向かい側にあり5つ星ということもあって、どうしても泊まりたくて、イタリアのホテル予約サイト Venere.com で予約。
チェックイン時に「部屋を代えて欲しい」というリクエストにはハード・ネゴだったものの流石にきちんと対応してくれた。部屋(301号室)はそれほど広くはないが落ち着いた感じ。
フロントはじめ従業員はフレンドリーで感じが良い。またレッチェでは泊まりたいホテル。

◆食べる
■お店の名前 Ristorante ATENZA, Patria Palace Hotel , Piazzetta Riccardi
◎カプレーゼ(9ユーロ、2人でシェア)
◎オレキエッティノ(8.5ユーロ、2人でシェア)
◎魚料理、Mignulata alla Gallipoli(14.5ユーロ)
◎ラムチョップ(15.5ユーロ)
◎ワイン Cappello di PRETE 1999 (CANDIDO) SALENTO  プーリアの地ワイン(16ユーロ)
◎コペルト、水、コーヒー 2人で計73ユーロ、チップ5ユーロ

■Trattoria NONNA TETTI, Piazzetta Peginamaria17
◎前菜盛合せ(カリフラワーをパルミジャーノでまぶしカリッとやいたもの、カポナータ、など5皿、6ユーロ)、
◎チーズ盛合せ(4種類、蜂蜜とブルーベリーのジャム添え、5ユーロ)
◎カヴァテリ、生ハムとフンギ・ポルチーニのトマトソース(6ユーロ)
◎じゃがいものニョッキ、トマトソース(6ユーロ)
◎かじきまぐろのグリル、レモン添え(輪切りにしたもの2切れ、ハーブの入ったソースがかかっていて、そこにレモンを絞る、12ユーロ)
◎烏賊のフリット(魚介類のフリットを注文したのに烏賊ばかり、揚げ方が良く美味しいが何しろ量が多い、7ユーロ)
◎ワイン Cappello di PRETE 1999 (CANDIDO) SALENTO  プーリアの地ワイン(15ユーロ)
料理の量が多いのでワインより水がすすむ。水をもう少しとデザートを頼もうとしたが二人ともお腹一杯なので勘定してもらったがあまりの安さにびっくり。
水を含め2人で計58.5ユーロ

Verona(ヴェローナ)2004/8/18~20

 

◆見る
ヴェローナは1998年2月にベルガモからヴェネツィアへの途中1泊したことがある。今回は2度目だが夏休みで丁度有名なアレーナ(ローマ時代の円形闘技場)での野外オペラが開かれているため訪れたのだ。

【1日目】
今回の旅はローマからヴェローナということでローマ4泊後、10:05発のESでヴェローナへ向かう。
ES乗車券は2日前テルミニ駅の自動販売機で購入(1人40.08ユーロ)、列車はほぼ満席。約4時間の旅、ただ座っているだけだ。
隣にはイタリア人の30代夫婦、夫婦とも本を読んでいるが、奥さんの貧乏ゆすりがずっーと続く。12時少し前にフィレンツェに停車した。窓越しにドゥオモの大きなクーポラと鐘楼が見えて懐かしかった。

ヴェローナには定刻の14:05より少し早く到着。オペラのせいか降りる人の数が心なしか多い。2年前にマントヴァからヴェネツィアへ行く途中乗換えのため歯の痛みをこらえながら座っていた待合室の前を通り、駅の外へ出てタクシー乗り場へ行く。待たずに乗れた。運転手は女性だった。この日も外は暑かったがタクシーは客待ちの間エンジンを切っていたのだろう、車内は物凄い暑さだった。

ポルタ・ヌオヴァを抜けてアレーナへの通りを行く。『ポルタ・ヴェッキアという門はあるのですか?』と訊ねると『カステル・ヴェッキオの門よ』と教えてくれ『ヴェローナは何度目ですか?』と訊かれたので“セコンダ・ヴォルタ”と答える。予約していたホテルはアレーナより手前にあり14:10にホテル到着。
イタリアにはめずらしく自動ドアのモダンでかつ機能的なホテルだ。フロントもフロントというよりは机をおいた何かの受付といった感じ。

荷物をおいてすぐにオペラのチケット受取りのために出かける。出掛けにフロントの女性にチケット・オフィスと、とあるリストランテの場所を地図上にマークしてもらった。
ホテルを出てすぐに、ブラ広場がありその向こうにアレーナが見える。チケット・オフィスはすぐにはわからなかったが、「チケット・オフィスはアレーナの向こう側、黄色い建物の1階」と掲示されているのを見てそちらに向かう。入場券は3ヵ月ほど前にインターネットで予約し、カードで決済していたので、チケット・オフィスからのメールのプリントアウトを見せ、そこにサインをするだけですぐに受取ることができた。

さて、これから遅い昼食、地図を見ながら《ラ・タヴェルナ・ディ・ヴィア・ステッラ》(ステッラ通りの食堂、という名前)を探す。『おぉ、このあたりだ!』と思って番地をみると通り過ぎていた。戻ってみると、通り過ぎるときに気づいていた店。ドアの前のシャッターが半開きになっていて、ご主人らしき人がいたので、声をかけ『開いていますか?』と訊くと『閉めるところ』とのこと。
時間も3時頃なので、リストランテはあきらめ、アレーナに戻りアレーナの前のカフェで遅い昼食にする。白ワインをデカンタで頼むとつまみとしてグリーンのオリーブが『これは無料です』と出てくる。日本なら黙っていても「お通し」として勘定にもついてくるはずだ。

フンギのピッツア、野菜のラザーニャをそれぞれ注文する。
食べながら前をみると、オペラの大道具がアレーナとブラ広場の間に置かれている。また、ずらっーと並んだカフェにも、ブラ広場にも大勢に人がいる。以前来たときには閑散としていたのに、さすがに夏のイベントシーズンであることを感じた。
カフェは大きなパラソルの下で日蔭にはなっているが暑い空気がこもり物凄く蒸し暑い。まるで東京のようだ。

腹ごしらえもできたので観光スタート。両側がお店のマッツーニ通りを東へ、エルベ広場へ向かう。

Verona‐エルベ広場

 

途中、ホテルで場所を教えてもらったリストランテをチェック、この店にはこの日オペラの前に夕食に行った。通常は午前中で終る広場の屋台の店がさすがにオペラシーズンということでまだ普通に開いていた。6年前に来たときはお店が片付いたあとの広場をみながらランチをとったものだ。
この雰囲気を楽しんだあと、シニョーリ広場に入る。ここにはヴェローナで晩年を過ごしたダンテの像がある。広場には大勢の観光客。ドイツ人が多いようだった。シニョーリ広場を形取っている建物の一つにランベルティの塔がある。

Verona‐シニョーリ広場 ダンテ像

Verona‐ランベルティの塔

早速ヴェローナ・カード(共通入場券、3日券、1人12ユーロ)を買って塔に登る。途中までエレベーターがあり、たまたま関西弁の熟年夫婦と一緒になったので『オペラですか?』と訊くとツアーの短い自由時間での見物とのこと。エレベーターを降りてから階段で上へいくが、アディジェ川を抱くヴェローナの町が、360度素晴らしい景色で一望することができた。

Verona‐ランベルティの塔から アレーナ

 

Verona‐ランベルティの塔から カステル・ヴェッキオ
次にかの有名なジュリエッタの家に行く。ここも凄い混雑。とてもジュリエッタの像まで進むことができないと判断し、ジュリエッタの家の中に入る。ランベルティの塔に登るとき、ヴェローナ・カードを買っていたのでそれを見せてチェックしてもらうだけ。どうやらツアーご一行は入場料無料の庭までらしく、家の中はすいていた。夜のオペラに備えて今日の観光はここまで。

Verona‐ジュリエッタの家 中庭

 

◆アンティカ・ボッテーガ・デル・ヴィーノでの夕食
一旦ホテルに戻りシャワーを浴び、着替えて早い夕食に行く。何しろ遅い昼食から時間が経っていないが、オペラが何時に終るか分らないしまさか野球観戦のように中で弁当を食べるわけにもいかないだろうし、ということで18時すぎ、ホテルを出て場所をチェックしたばかりの《アンティカ・ボッテーガ・デル・ヴィーノ》へ行く。

ここは前回ヴェローナへ来た時は定休日で入れなかった店でどうしても来たかった。『ボッテーガ』とはお店、商店の意味、直訳すると古いワインの店となる。『ボッテーガ』にはさらにこじんまりした店構えの、主に仕事場を兼ねた「職人の店」を指す(小学館、伊和中辞典)とのこと。

Verona‐ボッテガ・デル・ヴィノ入口
18:15、ドアを開け中に入る。外から見た感じと大違いで中は立派なリストランテだ。右手には前菜を調理するキッチン、その奥にはあとで気づいたが立ち飲みのカウンター。挨拶をして2人と伝えると『予約していますか?』と訊かれる。『いいえ』と答えると、席はその時立っていたところのすぐ左のテーブル。オペラの前に食事をする人の予約しているテーブルが多い。

Verona‐ボッテガ・デル・ヴィーノ 店内

 

席につくとまず、大きなグラスにドボッドボッとスプマンテが注がれる。カメリエーレから英語でウェルカムドリンクと言われた。暑い時の冷えたスプマンテは最高!感激した。
まず、これでこの店の評価がクッと上がる。メニューを渡され、注文したのは前菜として、「サラミの盛合わせ3種」、「ボッテーガ風前菜」をそれぞれ1皿、プリモは「アマローネのリゾット」をシェアすることで2皿に分けてもらう。セコンドは魚料理を2皿頼む。

ワインリストを見せてもらうと、その分厚さに驚く。『さぁ、どうやって選ぼうか?』と頭の中が真っ白になりそうな時、地域別のインデックスに気づき、ご当地ヴェネトを開き、ソアヴェの中から1種類選んで指をさして注文する。

さっそくワインが運ばれボトルの確認後、ソムリエ(正しくはカメリエーレ)が開栓し、一つのグラス(白にしては大きい)に少し注ぎ、グルグルまわしグラス全体を洗う。そしてそのワインをもう一つのグラスに移し、同じように洗った後、別のグラスにいわば捨てる。それからテイスティング。注ぐ量が多いのでテイスティング無しなのかなぁと思うほど。先ほどのグラスに注ぎかなりグルグルまわしてからようやくテイスティングとなる。儀式というよりは美味しく飲んでもらうためのプロセスと感じた。食事中のワイン、水の注ぎ足しにも本当に注意を払っているという印象を受ける。

昼食が遅かったこともあり、また前菜、プリモの量も多くて最後の魚料理はついに二人とも食べきることができず、食後のカフェも飲めなかった。
それにしても満足いくリストランテだ。
店の中は時間がたつにつれ、予約客を中心に満席となる。ほとんどがオペラを見る人たちだろう、服装は多くの人がそのままアレーナに駆けつけるのかきちんとしている。
20時ころ店を出て着替えのため一旦ホテルに戻る。途中アレーナの前を通ったがやはり盛装している人も多い。黒いスーツ姿、女性はイブニングドレスなど。暑いけれど我々も席が階段席ではなくいわば平土間なのできちんとしなければいけないと覚悟する。

◆アレーナで野外オペラ
シャワーを浴び一休みして盛装?(ボタンダウンの半袖白ワイシャツにネクタイ、ジャケット着用)していざアレーナへ。まだまだ外は暑い。20時45分頃、66番の入口から入ると、すぐの席。

雨が降らないだけましだったが(ローマで見たこの日の天気予報は曇りときどき雨だった)蒸し暑くて大変。アレーナの中は観客の熱気もあるのか暑い空気がよどんでいるようだ。

前の方の座席ではないせいか、周りをみるとジャケット着用はそれほどいない。すぐ失礼してジャケットを脱ぎ、ネクタイも外す。
すぐ前のカップルがスプマンテを飲んでいた。冷たくて美味しそうだ。グラスは持ち帰りできるとのことだし、雰囲気的には飲みたかったが、リストランテで二人で1本飲んだばかりなので我慢する。

ステージに長いドレスの女性が銅鑼を持って登場、開演が間もなくであることを伝える。同じ頃階段席の観客にろうそくが渡され、ライトが消えるとアレーナ全体が幻想的な雰囲気につつまれた。

この日の演目はリゴレット。オペラに今まで興味があったわけでもないので、チテット予約後CDを購入して、音楽を何回も聴き、ストーリーを頭に入れて臨んだ。オープニングのコーラスは会場の性質上、CDに比べ弱いなぁと一瞬思ったが、徐々に迫力を感じる。
言葉はよくわからないがストーリー展開を知っていたのと歌も聴きなれていて退屈するということがなかったにもかかわらず暑さと連日の観光疲れのせいか眠気に襲われるが、持参のペットボトルの水を何回も飲んで眠気を何とかこらえる。
第1幕終了後、場内の売店で冷やした水(半分凍っている)を3ユーロで買う。飛び切り冷たくて生き返った感じだ。

Verona‐opera リゴレット2幕
23時、第2幕が終る。直前の主人公リゴレット、その娘ジルダの歌が素晴らしく、観客からの掛け声、拍手がすごかった。2人(リゴレット=レオ・ヌッチ、ジルダ=エレーナ・モスク)は、カーテンコールに応え、ステージ両サイドの石段を両手を掲げ駆け上がる。特に、レオ・ヌッチは何回も上の方まで行く。凄い体力!
あまりにもそれが長いのでもう終わりかなと思ったがどう見てもストーリー的には終っていない。そのうち舞台に次の大道具が運ばれ第3幕の準備が始まる。

23時30分、第3幕開演を伝える銅鑼の女性が現れ、いよいよクライマックスへ。
ジルダが公爵の身代わりに殺される悲しい場面。最後は、ジルダの死を悲しむ父親リゴレットの切ない歌で終る。

ここからのカーテンコール、そして出演者たちの反応が凄い。全員ステージにならび挨拶を正面、右、左と続く。レオ・ヌッチはまた何回も何回も石段を駆け上がる。観客への挨拶もあるだろうが、『今日もうまくいった』、という達成感を表しているようだ。いつまでも続きそうなので24時20分にアレーナの席を立つ。
アレーナを出るとぞろぞろとポルタ・ヌオヴァ方向へ向かう人出で一杯。途中、オペラ・ツアー客を迎える大型バスも随分停まっていた。ホテルが近くて大正解。24時30分にはホテルに戻ることができた。

【2日目】
前日の夜更かしのため珍しく朝ゆっくりと寝ていたので10時少し前に観光を開始する。
出掛けにフロントで食料品とチョコレートの店を訊ねると、1枚の食料品店のパンフレットと、スーパーマーケットの場所を教えてくれた。
この日はまず、カステル・ヴェッキオの市立美術館へ行く。前回はカステル・ヴェッキオに隣接する橋(スカリジェロ橋)は見たが、建物に入るのは初めて。

Verona‐カステル・ヴェッキオとスカリジェッロ橋②

Verona‐カステル・ヴェッキオ中庭

このお城は14世紀に建てられたもので大小2つの跳ね橋があり、そこが入口となっている。跳ね橋は機能していないようだ。
1階から2階へ行く途中のテラスにカングランデ1世騎馬像がある。

Verona‐カステル・ヴェッキオ カングランデ1世騎馬像

 

2階にはマントヴァのマンテニャ、ヴェネツァのティントレットなどの作品を含め多くの絵が展示されている。
ここを出て隣の橋を渡る。橋の上には、ギターを引く青年、南米の笛ケーナでフォルクローレを奏でるカップルがいる。観光客から演奏料をもらうことも期待しているのだろうが楽しんでいるようにも見える。橋の上は絵になるので皆写真を撮りあっている。我々ももちろんそうした。

次にどっちに行くかということになり、ヴェローナ観光スポットのうち1ヵ所だけスポンと離れているサン・ゼノ・マッジョーレ教会へ行くことにした。離れているがゆえに先にすまそうということだ。川沿いに歩き、途中で少し左に入る。

通りがかったバールではまだ昼前だというのに外のテーブルでワインを飲んでいる。サン・ゼノ・マッジョーレ教会の広場に出て堂々とした教会の雄姿を目にし、6年前訪れたことを思い出した。あのときは訪れる人がいなくて左の入口が分らず右往左往したが今回はまぁまぁの人がいて、初めてでも分るだろう。教会は遠くからみると白とピンクに見えるが、白い部分は石、ピンクの部分はレンガを積み上げている。近づいてみるとピンクというよりはレンガ色そのもの。ファサードのバラ窓が大きく印象的だ。

Verona‐サン・ゼノ・マッジョーレ教会
入口でヴェローナカードを提示すると、係りの人に英語で何だか訊かれる。パンフレットはどの言葉にするか、ということだ。日本語はないというので英語版をもらう。
パンフレットを見ながら見学する。本来の入口、正面扉には右が旧約、左が新約聖書からとったレリーフがある。身廊左には大理石の柱に支えられた礼拝堂があり、キリストとマリアのピエタ像。主祭壇の手前には7つのアーチの上にキリストと12使徒の彫像が置かれている。主祭壇の奥にはマンテニャの描いた祭壇画がある。

サン・ゼノ・マッジョーレ教会で出てすぐ前のバールのテーブル席に座り、冷たい白ワインで一息つく。この店は若い女性ばかり3人でやっていた。白ワインを飲みたいというと、幾つかの銘柄を言い出したので、『任せる』と仕草で示したところ“イォ?”というのでうなずく。さて、彼女が選んでくれたのは、クストーザ・ディ・ガルディーニ(と聞こえた)、色は少し濃い目、キーンと冷えていて、あーあ、極楽、で1杯2ユーロ。

このあと、ぶらぶらと歩いて昨日3時ごろ通りがかった時丁度店を閉めるところだった《ラ・タヴェルナ・ディ・ヴィア・ステッラ》へ行く。奥行きのある店で立飲みのカウンターの奥、左側2つ目の席に案内される。席の左奥は、お店の通路、席の奥にはドルチェが置かれたコーナー(ケーキの類を盛付ける作業台)と、あまりいい席ではない。昨晩といい、どうも予約していない場合、日本人だということでこんな席になってしまうことがある。
飲物はまずスプマンテを注文した。辛口ですっきりしていて暑い日には最高だ。

旅行中ずぅっと「生ハムとメロン」を食べ続けていたので、このお昼ではやめるつもりだったが、黒板に「本日のおすすめ」と書かれていたので条件反射のように頼んでしまう。他に前菜として「海の幸サラダ」、プリモは、「トマト、ナス、リコッタチーズのフジッリ」と「馬肉のミートソースのニョッキ」、さらに野菜のグリル(ナス、ペオエロンチーノ、まいたけ、フンギ、ズッキーニ、玉ねぎなど)を注文。ワインは1杯幾ら、というのが黒板に書かれていて方式なので2杯づつ飲む。最後にエスプレッソで締め2人で60.1ユーロ。席はともかく大いに満足。
ご主人から握手を求められ気持ちよく店を出た。

店を出てステッラ通りを右に行き最初の角(ここにも良さそうなカフェがあった)を右折し、左数軒先の《イル・デスコ》に夕食の予約のために入る。20時半ということで簡単に予約できた。ミシュランの星2つの店なので『上着は要りますか?』と訊ねると『要りません。ただ、カミチャ(襟のあるシャツ)は必要です。』とのことだったのでこの暑い日に上着が要らなくてホッとした。

このまま、すぐ近くのスカラ家の廟を見る。ここは2度目で前回も思ったが、とてもお墓とは思えない形だ。狭いところに大勢のドイツ人ツアー客がいてガイドの説明を聞いている。

早々に切り上げ、サンタ・ナスターシア教会へ行く。この教会はヴェローナに沢山ある教会の中で一番大きいらしいが、ファサード前の広場がこじんまりしているためあまり大きさを感じない。とはいえ、ランベルティの塔やアディジェ川対岸のローマ劇場から見ると鐘楼が大きく目立つのは確かだ。

Verona‐サンタナスターシア教会

Verona‐サンタナスターシア教会③

この後はドゥオモ通りを経てドゥオモへ。前回はドゥオモの中にはほとんど人がいなかったが今回はオペラ観光客のせいか少し多かったようだ。ここには、ティツィアーノの《聖母被昇天》があった。ヴェネツィアのフラーリ教会の《聖母被昇天》に比べると小ぶりだ。

Verona‐ドゥオモ

Verona‐ドゥオモ ティツィアーノ聖母被昇天

本日の観光はこれにて終わりにし、一旦ホテルに戻って一休み。
翌日のミラノまでの列車を予約、切符を購入するために歩いて駅へ行く。17時すぎだったが、夏時間のことでもありまだまだ暑い。いつものように自販機で座席指定まで行い、カードで決済、実に簡単だ。
駅を出てから、朝出掛けにフロントの女性に教えてもらった食料品店に行ってみたが、なんと月末まで夏休み中。ヴァルヴェルデ通りをとりあえず東(中心部)の方向へ進んでいるうち気づいたらホテル前の公園に出、そのままポルタ・ヌオヴァ通りを経てサンタ・ナスターシア教会手前の食料品店に行く。ここでは、パルミジャーノ・レジャーノとバルサミコを買った。一緒に行った兄が、グレープ・シード・オイルを買いたいと突然言い出し、年老いたご主人といろいろやりとりするが、結局は「ない」らしいということであきらめた。(英語の辞書まで引っ張り出してくれたが、載っていなかった)

◆エノテカで交流

ブラ広場の裏道にエノテカがあるのを昨日チェック済みだったのでワイン探しに行ってみたところ、店の前には若いあんちゃんが2人いる。そのわきを抜け店に入ってみると奥の方にワインがあるがイメージしていた店ではなく、どちらかというと立飲みの店と感じて買うことをあきらめ1杯飲むことに頭をすぐ切り換えた。

カウンターの中には若い女の子。外にいたのは友達らしい。黒板を見て、“Lugana Santa Chiristo 2003”を飲む。フルーティだが色は濃く、香りもあってしっかりしている(1杯2ユーロ)。
飲みながら“コメ ティ キャーミ?”と訊くと『ロミナ』だという。ロミオとジュリエットの町で、『ロミナ』とからかわれているのか、と思ったが、彼女によれば20年前にかなり売れた歌手の名前だという。こちらが日本人で名前を告げると、ちょっと見てくれと後ろを向きTシャツを少し上げ、背中の漢字のタトゥを見せる。そこへ、外にいた男の子が2人入ってきてそれぞれのタトゥを見せ、意味を教えてくれという。
ロミナ 『君を永遠に愛す』
男1 『賢者の世』
男2  『夫流利子く』
突然のことで、かなり適当に説明したが、男2は自分の名前(フェデリコ)の当て字らしい。最後の「く」はどうも「へ」らしいので、90度右回転するのが正しいと言っておいたが通じたかどうか。
イタリアでは今、漢字が流行っているようで、意味のない漢字が羅列したTシャツを着ている人をローマでも目にしたが、日本人がイタリアを好きなように、彼らの説明によれば『うまく説明できないけど、日本が好きだから』みたいなことを言っていた。

◆ミシュラン2つ星イル・デスコでの夕食
20時30分に予約していたので着替えて20時15分にホテルを出、丁度いい時間に《イル・デスコ》に着く。途中ブラ広場には昨日と同じく、オペラ観客が大勢いた。『イル・デスコ》のドアを開け、名前と予約していることを伝えると、左の部屋に案内される。予約していただけあって席には何の問題もない。隣には女性客2人。ダイニングルームは窓のないこの部屋だけのようだ。

メニューを見ている間に、昨晩同様スプマンテが注がれる。まず、いつものようにガス入りの水を頼む。
あるサイトを見ておおよそのメニューを知り、その中で紹介されていたものを頼むつもりだったが、それがメニューに載っていない。セコンドの中で魚料理はどれか訊ねるとメニューの右上がそうだった。てっきりそこは左下のプリモの続きかと思って気がつかなかったのだ。
初めにアミューズとして甘くないジェラートが出てくる。トマトソースとオリーブオイルで味付けされている。プリモは、相棒は「スカンピ(手長海老)のなんとか」、自分は「生のまぐろを炙ったものに豆とポテトサラダの一種」、注文するときにシェアするよう伝え、うなづいてくれたのだが、料理が出たときに再度頼むとだめだとのこと(注文をとったカメリエーレと違った)。まぁ、高級店だからと思いあきらめ、お互いに少し手を伸ばして味見をする。まぐろは赤いというよりややピンクに近い。寿司屋にも「炙り」はあるが全然違う。まぐろの炙りは想像を超える美味しさ。
小さなパンがディップクリームとともに出される。美味しくて4つも食べる、それほど小さいのだが。
セコンドは相棒が「スィーバース、かきの黒トリュフ添え」、こっちは、「フォアグラの上に海老、甘いソース、玉ねぎ添え」。これは世界の三大珍味、フォアグラが惜しげもなく台になっており、甘いソースと絶妙なハーモニー、くどさをやわらげるように海老が引き立つ。
デザートの前にプチフールが6種類2個づつ出た。マコロン、ホオズキ、チョコレート、パンナコッタ、ミントがのっている小さなケーキ、シュークリーム、すべて美味しくいただきました。
チーズも食べたかったがお腹もいっぱいだし、カメリエーレがデザートのメニューを持ってきたので素直に従うことにし、ティラミス、メロン味のプリン・メロン添えを頼んだ。これもボリュームが多い。ただ、デザート一皿が18ユーロというのも凄いといえば凄い。
まぁ、なかなかの店であるのは確かだ。今回の6泊8日の最後の夜を飾るのにはふさわしかった。
2時間で夕食を終え、ぶらぶらと歩いているうちに今回の旅では食後酒のグラッパを飲んでいないなぁということになり、カステル・ヴェッキオ前のバールのテラス席で夜空に浮かぶカステル・ヴェッキオを楽しみながら一杯やって最後の夜をすごす。

Verona‐カステル・ヴェッキオ 夜

 

【3日目】
今回の旅行の最終日が早くもやってきた。予定としては、見残した観光スポットを見る、ワインを買う、そして16時前にはホテルを出て駅に向かう、というもの。

8時半からオープンしているスポットのうち一番遠いローマ劇場(考古学博物館)に行く。考古学博物館は元々は修道院だったということだ。エレベーターで何階かに上がると、小さな展示室が回廊のようにある。前回訪れたときはもっと広くてまた階段を随分登って足が疲れたような記憶があったが、心なしか少し展示スペースが少なくなったような気がする。隣接するローマ劇場そのものはそれほど大きなものではない。アレーナ同様夏の野外イベントが開かれているようでステージ、客席が準備されていた。

Verona‐ローマ劇場

Verona‐考古学博物館中庭
ローマ劇場の良い点は、アディジェ川をはさんでヴェローナの市街が一望できることだ。蛇行しているアディジェ川を抱くように市街地がある。アレーナもランベルディの塔もいくつかの教会の鐘楼も良く見渡すことができる。

ローマ劇場をあとにし、もと来た橋(ピエトラ橋)を渡り、ドゥオモの近くを通って今度はガルバリディ橋を渡ってサン・ジョルジョ・イン・ブライダ教会へ行く。

Verona‐サン・ジョルジョ・イン・ブライダ教会あとで地図を良く見ると橋を2回も渡る必要がなくローマ劇場からそのまま川沿いに行けたようだった。橋を渡って向こう側に行ったものの公園の中を歩かされ、しかも教会の裏側に出てしまい、随分遠回りをしてしまった。まぁ、こういうことも足で歩く個人旅行の思い出になる。この教会はヴェローナには珍しく大きなクーポラのある建物だ。身廊正面扉の上にはティントレットの《幼子イエスの洗礼》のフレスコ画がある。教会の前には、クーポラと同じ作者によるサン・ジョルジョ門があるが残念なことに修復中だった。

 

 

また橋を渡り、アレーナに観光客として入る。6年前の時は2月の終わりごろで石でできたアレーナの内部は物凄く冷え込んでいたが、それとは対照的な感じで、特に外の階段席の方は陽射しが強くてたまらない。舞台では当日夜のオペラ公演に備えてステージが作られはじめていた。2日前にオペラをみたときは指定されたゲートから入ってすぐのところだったので、自分たちの席が全体の中でどのあたりだったかわからなかったが、アレーナの階段席の上の方から俯瞰するとまぁまぁいい場所だったようだ。わざわざ降りておとといの席に座って記念写真をとる。

Verona‐アレーナ①

Verona‐アレーナ④

そろそろ荷物になるワインを今回の旅の締めくくりとして買わなければならない。前の日に目をつけていたエノテカに行くと、店の前に座っていたお爺さんがご主人のようだ。挨拶をして、いろいろ勧められだいたい決めたところでいつものように『クレジット・カードは使えますか?』と訊くとおもむろにレジを開け『現金のみ。近くに銀行があるのでそこで引き出してきて』と返される。

ということで、この店で買うのはやめ、昨日チーズを買った食料品店に行く。実は、直前に買物をしていたのでまた顔を出すと喜んでくれた。1人3本づつ買ったが、最後にご主人が店の奥から「ソムリエ・ナイフ」を持ってきてくれ、プレゼントしてくれた。“グラッツェ!アリヴェデルチ!”といい握手をして店を出た。12時チェックアウトなのでワイン3本入った手提げ箱を持ちホテルへ戻る。

汗をかいたのでシャワーを浴び着替えて、帰国するためのパッキングを大急ぎでやって12時ギリギリにチェックアウト。昼食と最後の町歩きがあるので、フロントのすぐ近くに荷物を預けて再び出かける。

昼食は初日夕食の《アンティカ・ボッテーガ・デル・ヴィーノ》にするか昨日の昼食の《ラ・タヴェルナ・ディ・ヴィア・ステッラ》にするか迷ったが、座ったままグラスで頼めるワインの魅力で2日続けての《ステッラ》になった(旅先で数日滞在した場合のリストランテは自分が良いと思ったら再度行くのがポイント。なぜなら知らない店ではなく、リスクがない、新しい店を探す時間を省ける)。

Verona‐ステッラのワインリスト
《ステッラ》に行くとあのオヤジさんが喜んで迎えてくれた。昨日のお兄ちゃんはいなかったが、奥さん(多分)がサービスをしてくれた。『今日も暑いですね』というと『湿度が高いわ』みたいなことを言っていた。食事は昨日と同じように冷えた辛口のスプマンテから始めた。

食事を終え、サン・フェルモ・マッジョーレ教会へ向かったが、途中で観光パスのヴェローナ・カードを胸ポケットに入れたまま着替え、そのままパッキングしてしまったことに気づく。まさかそのためにホテルに戻りスーツケースを広げるわけにもいかないので結局2ユーロ払って教会の中に入る。

Verona‐サン・フェルモ・マッジョーレ教会ファサード

 

この教会の天井にはびっくりした。普通はカラフルでいろいろな装飾をしているが、ここは何の装飾もなく真っ黒だ。この教会は2つの建物からなっているらしく、右側廊から階段を下りるとローマ時代の教会に入ることができる。素朴な感じだ。

この教会は位置的にはアレーナの真東にあたり、今まで歩いていた市街地と少し町の雰囲気が違うような気がした。そこから、ジュリエッタの墓へ行こうとしてズンズン進んで地図を見誤ったのか場所がわからず城壁の門を出てみるが結局分らずじまい。

そうこうしているうちに、着ていたはずのベストがないことに気づき、多分《ステッラ》に置き忘れたのだろうと大急ぎで元来た道を引き返す。《ステッラ》に入るとこちらが何もいわないうちにカウンターの中にいた若い女の子がにっこり笑って奥からもってきてくれた。お礼を言って4度目の《ステッラ》をあとにする。

気がつくともう14時20分、観光はやめることにしブラ広場のカフェにて休むことにした。外のテーブルだが、もちろん日よけの大きなパラソルがあり、そのために暑い空気がこもっていて本当に蒸し暑い。冷たい飲物を、と思ったが結局キリリと冷えた白ワインにして、CUSTOZAのメッゾ(500ml)を頼む。昼にグラス4杯飲んだのでやや飲みすぎの感があるが旅の最後の締めくくりとした(本当の締めくくりはミラノ・マルペンサ空港で飲んだのだが)。

15時30分すぎ、カフェを出てホテルへ。荷物を取って15時47分ホテルを出てスーツ・ケースを引っ張り歩いて駅へ向かい10分足らずで駅に着く。16時21分のICは約10分遅れだったがミラノには定刻に到着。中央駅ホームを抜け、すぐ左のエスカレーターで降りて駅を出て左がマルペンサ行きのバス乗り場。18時20分のバスにゆうゆう乗り込むことができ今回のローマ&ヴェローナ7日間の旅を終えた。

◆食べる
■Antica Bottega del Vino(Via Scudo di Francia, 3 Verona)
◎サラミの盛合わせ3種(6ユーロ)、ボッテーガ風前菜(6ユーロ)

Verona‐ボッテガ・デル・ヴィーノ 前菜
◎アマローネのリゾット(10ユーロ)をシェアする。
◎魚料理(素揚げした鱈にミニトマトやら何やらのソース)を2人とも。
◎ワイン Soave Classico Superior Ca’Rugate 2003  (26ユーロ)
2人で96.5ユーロ(ワイン込み)

■La Taverna di via Stella(Via Stella, 5/C Verona)

Verona‐ラ・タヴェルナ・デ・ヴィア・ステッラ
1食目
◎生ハムとメロン(6.8ユーロ)、海の幸サラダ(7.8ユーロ)
◎トマト、ナス、リコッタチーズのフジッリ(7.2ユーロ)、
◎馬肉のミートソースのニョッキ(7.2ユーロ)
◎野菜のグリル (4.4ユーロ)
◎ワイン Spumante(1杯 2.5ユーロ)
◎Capitel Foscano Anselmi(白、1杯 3.1ユーロ)
◎Ripasso’La Oaseita(赤、香りが強く重い。1杯 3.5ユーロ) 1人各1杯
2人で60.1ユーロ(ワイン込み)

2食目
◎カプレーゼ(5.2ユーロ)、
◎タベルナ・ステッラ風前菜(ポレンタに生ハム、馬のハムなど4種類、5.8ユーロ)
◎スパゲッティ・ボンゴレ(7.4ユーロ)、
◎いわしのビーゴリ(少し太めのパスタ、7.4ユーロ)
◎ポレンタ料理 チーズと馬肉の生ハム(前菜とよく似ていた)
◎ワイン Spumante(1杯 2.5ユーロ)
◎Capitel Foscano Anselmi(白、1杯 1.8ユーロ)
◎Valpolicella “Canestrain”(赤、1杯 1.2ユーロ)
◎Rosso di Montalcino(赤、1杯 2.2ユーロ)1人各1杯
2人で54.9ユーロ(ワイン込み)

■Il Desco(Via Dietro S.Sebastiano 7, Verona)
ヴェローナの最高級リストランテ ミシュランの2つ星

Verona-イル・デスコ入口
◎甘くないジェラート
◎スカンピ(海老)のなんとか、生のまぐろを炙ったものに豆とポテトサラダの一種
◎スィーバース、かきの黒トリュフ添え、フォアグラの上に海老、甘いソース、玉ねぎ添え
◎プチフールが6種類2個づつ
◎ティラミス、メロン味のプリン・メロン添え
◎ワイン Soave Classico Superior Inama 2003  (35ユーロ)
2人で216ユーロ(ワイン込み)
このワインは小売店では18ユーロ、イタリアのリストランテで売値の倍とるところは珍しい?(普通は2割〜5割増程度ではないか) さすが高級店!
お土産用に買ったのは同じ醸造元でこれよりも1ランク上のもの。

◆泊まる
■Hotel Verona ★★★ Twin 170ユーロ (1泊)
アレーナから歩いて5分、209号室はポルタ・ヌオーヴァ大通りに面していたが窓を閉めると静か。ロケーションはオペラ、観光ともに抜群。
インターネット(VENERE.COM)で予約。オペラ・シーズンは通常料金のほぼ倍で上記料金。しかしそれだけの価値がある。

 

Pompei(ポンペイ)2004/8/16

 

  ◆行く

ポンペイへの行き方には大きく分けて次の3種類がある。

1.ローマから日帰り観光のバスに乗る。

2.ナポリに泊まり、ナポリ中央駅から私鉄(チルクム・ヴェスヴィアーナ線)でヴィッラ・ディ・ミステリ駅で降り、すぐ前の入口から遺跡に入る。

3.ローマから国鉄の列車で日帰りする。ナポリ中央駅で乗換えポンペイ駅で降りる。

今回は同行者たっての願いで2度目のポンペイ遺跡探訪となった。前回の一人旅では2.の方法をとったが、私鉄のストで路線バスに乗る羽目となってしまった(詳しくは「トラブル」で)。前回の経験から日本語によるガイドが必要だなぁと思い、初めはローマから日帰り観光バスに乗るつもりだったが、見たいところを見れない、所要時間の割に遺跡内滞在時間が少ない、ということで2度目の個人での日帰り観光とした。

ローマを8:45のES(ユーロ・スター)で立ち、ナポリ中央駅で乗換え11:18ポンペイ着、帰りはポンペイ発18:40、ナポリ中央駅乗換えローマ・テルミニ着21:16のESを前日予約し、乗車券を購入しておいた。

行きのESはがらがら、我々が乗った8号車には他に1組しか乗っていなかったがポンペイへ向かう各駅停車は座れないくらい満員だった。この日は聖母被昇天の日の翌日、月曜でどうもお盆休みみたいなシーズンで帰省客が多いのではないかと勝手に想像する。

ナポリ中央駅で乗換えるとき行先もわからずホームに貼られている時刻表にもポンペイ着11:18の表示の列車がないので駅員に訊ねると、丁度21番線の前で“クワッ!(ここだよ)”。見ると10:50発POALA行き。念のためもう1人の駅員に確かめ乗り込んだのだが・・・・。

列車はずーっと海を見て走る。おかしいな、ポンペイはもっと内陸のほうなのに、列車を間違えたのかなぁ、と不安にかられる。どこで左はカーブするのだろう? 急に海から離れたかと思うとスピードを上げ、定刻より少し遅れて11:20すぎポンペイ駅到着。列車はあっていて良かった。ホッ!

駅からまっすぐの通りの正面に教会が見えた。マドンナ・デル・ロザリオ聖堂だ。突き当たりの通りがローマ通り。ローマからポンペイに来てメインストリートがローマ通り、か。

商店街を通り抜ける感じだが、遺跡に入る前に早めの昼食をとることにした。予定ではたっぷり観光するつもりだったが、中では食事をするところがないと思ったからだ(実際には中にカフェテリアがあった)。

腹ごしらえを終え、闘技場前の門から入場する。門の前では日本の観光地にくらべると少ないが帽子や飲物を売っている。この日はハイキング用のつばのある帽子を持ってきていたがバッグの中に入れたままでかぶっていなかったので『帽子必要だよぅ』と身振りですすめられたがニッコリ笑ってバッグから取り出しかぶる。冷たく冷やした水は1本1.5ユーロだったが1ユーロに値切る。2人だから向こうは2本だと思ってまけたらしいが1本だけ買う。してやったり。自分はまだフルに1本あったので兄の分だけ。

12時45分、入場料1人10ユーロを払い地図をもらって入場する。まず、目の前の円形闘技場を右にぐるっと回り込み円形闘技場の中へ。前回はマリーナ門から入ったのでここは初めて。

(一般的にはマリーナ門から入るようだ。ツアーでも時間的制約からマリーナ門から入りある程度のエリアを見学するようで、見ることのできる遺跡のうち半分くらいしか見ないのではないだろうか)

だから自分にとって2度目のポンペイでありながら約半分は初めて目にするものだった。

◆ 見る(見た順)

円形闘技場 外からみると古さを感じさせないスタジアム。中に入ってみるとさすがに今もイベントで使われているヴェローナやアルルのアレーナとは違い石段の観客席には草がぼうぼう生えている。使用目的はローマのコロッセオと同じだろう。

Pompei‐闘技場① Pompei‐闘技場②

大体育場 回廊で囲われた芝生の大きなグランドといった感じだ。

Pompei‐大体育場① Pompei‐大体育場②

ロレイゥス・ティプルティヌスの家 ローマ人貴族が所有していたということで、かなりの大きさの家。両側に画を擁した噴水がある。

Pompei‐ロレイウス・ティブルティヌスの家の噴水

ヴェヌス(ヴィーナス)の家

庭の奥の壁にはヴィーナスやマルスのフレスコ画が残っている。 トレビウス・バレンスの家 アッセリーナの居酒屋 アッポンダンツァ通りの居酒屋、カウンターみたいなものは飲み物を混ぜる台だそうだ。

Pompei‐居酒屋 Pompei‐アッセリーナの酒場①

オルコニウス・ルフォスの家

Pompei_オルコニウス・ルフォスの家① Pompei_オルコニウス・ルフォスの家②

チェイユス・セコンドスの家

Pomoei-チェイユス・セコンドスの家アトリウム

ポンペイの家の中では小さな部類だそうだ。中にはアトリウムがあり、庭の奥の壁には大きな狩りの画がある。

ここを見た後、大劇場に行く途中、やや下りの車道(昔の車道、馬車の道)を歩いていた兄が敷石に躓きころんで頭から倒れてしまう。それをスローモーションの映像のように見てしまった。幸い、眼鏡のつるが曲がってしまうだけで、怪我はなかった。

劇場

紀元前3世紀に建設され、演劇が上演されていた。ここと隣の小劇場は今年も夏のイベントがあるようでポスターが貼られている。

Pompei‐大劇場②Pompei‐大劇場①

小劇場

大劇場よりは後になって作られた(紀元前1世紀)。音楽堂として使われていたようだ。

Pompei‐小劇場テラモン彫像   下4段の長老席を区切る欄干を支えるテラモン彫像が残っている。

スタビアーノ浴場

体育場、プール、浴場が一つの施設となっている。 脱衣場には大噴火の犠牲者の石膏像が展示されていて物凄く生々しさを感じる。 Pompei_スタビアーノ浴場犠牲者

クマの家

モザイクで飾られた綺麗な噴水がある。

ストルト路地のパン屋

かまど、ひきうすが残っている。

Pompei‐パン屋のかまど Pompei‐パン屋の路地①

バジリカ

ポンペイで一番古い公共建築物だそうだ。もちろん屋根はないが柱の下の部分が残っていて建物全体の大きさがわかる。遺跡の中で一番広い建物ではないだろうか。

Pompei‐バジリカ② Pompei‐バジリカ①

このあたりはマ リーナ門に近いエリア。このあたりで今回唯一の日本人ツアーの一行と出会う。

フォロ

ポンペイの中心となっていた広場。マリーナ門から入るとバジリカの先の広場ということのなる。ここから見るヴェスヴィオを望む景色は素晴らしい。

Pompei‐フォロ Pompei‐フォロからヴェスヴィオ

アポロ神殿

カフェテリアで一休みしたあとフォロを経て戻りアポロ神殿を見る。   フォロの柱廊に隣接している。バジリカの北側、マリーナ門から道に面した方から入って右側(フォロに近い方)にブロンズのアポロ像(コピー)があるが、柱廊に溶け込んでいてあやうく見落としてしまいそうになった。

フォロ浴場

フォロの北側にある。前回ここでは大勢の団体客がいて混雑していたが今回は時間も15時すぎのためか混んでいなかったのでゆっくり見ることができた。温浴室の壁には壁を支える柱が人の形をしていてアグリジェントのテラモーネ像を思い浮かべる。

Pompei‐フォロ浴場 温浴室①   Pompei‐フォロ浴場 温浴室②

悲劇詩人の家

フォロ浴場前、ノラ通りに面している。入口床には『猛犬注意!』のモザイク画、アトリウムには水槽と大理石の祭壇がある。

dc122501   Pompei_悲劇詩人の家①Pompei_悲劇詩人の家②

ファヌゥスの家

家の形はほとんどなく広い庭園のような印象だ。

玄関近くのアトリウムにはやはり水槽があり小さなファヌゥスのブロンズ像(コピー)が軽やかに踊っている。ここには大勢の観光客がいて写真をとるのも一苦労。随分と奥行のある大きな家だったようだ。

Pompei‐ファウヌスの家③ Pompei‐ファウヌスの家④

外科医の家

エルコラーノ門方向。このエリアは今回初めて足を踏み入れる。秘儀荘へ行くためだ。

この家から外科の医療器具が発見されたということだがすでにあの時代(紀元1世紀)に外科技術のあったことには驚きだ。

マミアの墓とイスタチディ家の霊殿

秘儀荘に向かう墓地通り、エルコラーノ門を出てすぐ左手の少し上がった所にある。

Pompei‐マミアの墓とイスタチディ家の霊殿

小礼拝堂風の墓

Pompei‐小礼拝堂風墓

秘儀荘

いきなり建物の中に入ってしまったが、地図を見ていた感覚からは秘儀荘はまだ先にあるものと思い込み手前のディオメデスの邸宅かなぁと思って建物の中をいくつもの部屋を見ているうちに秘儀荘であることに気づいた。ガイドのいない個人旅行ではたまにはこういうことがある。

建物自体は屋根も壁も床もかなり残っている。 待望のディオニュソスの儀式の壁画にたどりつく。L字型の壁にいくつもの《教理伝授》の場面が描かれている。照明がないせいか全体に暗くて写真で見るような《ポンペイの赤》ではなかった。しかし、絵巻物のような画だ。

Pompei‐秘儀荘② Pompei‐秘儀荘④Pompei‐秘儀荘⑥Pompei‐秘儀荘⑨

デジカメで写真を撮っていたため順路、時間がわかったものでさらにこれ以上見ているがここでは省略。

ポンペイがヴェスヴィオの噴火によりその姿を消したのは西暦79年とのことだが2000年近くも前にこのように整然とした町があり、現代と同じような、あるいはそれ以上の生活が営まれていたということは驚きだ。

当時の日本といえばまだ弥生時代で、ポンペイの遺跡からは当時のローマ人の文明の凄さがわかる。2000年の時を経ていながら、家屋の所有者が当時どんな家族構成だったか、経済状況はどうだったか研究によりわかってきているらしいが、当時の人が自分の生活を暴かれるなどを想像しただろうか?

 

8月の半ば、炎天下でたまに浴場など屋根のある遺跡に入らない限り陽射しがジリジリと照りつけてくる。トイレにも行きたくなりフォロからマリーナ門へ降りてみるが場外にトイレがあるものの中にはない。再びフォロの方へ行くとその先にいわばレストハウスがあるのに気づき、中に入ると2階にトイレがあった。かなり暑かったのでカフェテリアのスイカは美味しそう。2切れ買って(1切れ2.8ユーロ)席を探すがかなり満席。狭いテーブルの間を通りぬけ奥のテーブルで冷えたスイカを食べる。『うぁぁ!美味しい』。生き返った感じだ。ここでは軽食も取れるようだ。これは貴重な情報だと思う。

17時ころ遺跡を後にする。帰りは18:40の列車に乗り、ナポリ発19:30のESに乗り換える予定でESの指定席を予約していたのがポンペイの遺跡を見終わった以上ローマに早く戻りたかったので、その前の電車(17:39)に間に合うことがわかりポンペイ駅へ向かう。 ポンペイ駅には自動販売機がなく窓口に並んでいる。なかなか進まないのでイライラしたが、何とか間に合う。ESからICに変わるので少し安くなるが、乗車券をカードで買っていたので差額を返せない、というようなことを言っていたが、とにかく早い電車に乗れればいいと乗換えの時刻を確認してホームに急いで向かう。

ローマ・テルミニ駅に着く直前、到着ホームが空かなかったらしく15分遅れて20時50分ホームに入り、ポンペイ日帰り旅行を終えた。

◆ 食べる

お店の名前 Vecchia  America, via Roma 111, Pompei

奥へ奥へとすすめられ、中庭のテーブル席。時間が早いせいか一番のり。その後数組の客がくる。気取らない家族経営の店。

食べたもの 前菜 海の幸(9ユーロ)、プリモ ボンゴレのスパゲッティ(8.5ユーロ)、ピッツア・ナポレターナ(4ユーロ)、コーヒー(1ユーロx2)、コペルト(1ユーロx2)、水(2ユーロ)

Pompei‐海の幸盛合せ

サービス料10%  2人で39ユーロ(ワイン込み)   ワイン   SORRENTINO,  白のテーブルワイン (8ユーロ)

Bassano del Grappa(バッサーノ デル グラッパ) 2002/9/13

◆みる
計画段階からヴェネツィア3日目の午前中に時間があれば日帰りでこの町を訪れようかと考え、鉄道の午前中の時刻表をインターネットで調べプリントアウトしてきた。ところが午前中サン・ジョルジョ・マッジョーレ島に行くため一旦断念。昼食時に、迷うくらいならやはり行ってみようということになり、ヴァポレットでサンタ・ルチア駅へ行く。

午後の時刻表を持っていなかったので次の列車の時間がわからないまま切符を買うため並んだが長い列。前のカップルに時間がかかり、買い終わったのが14時35分。列車は出たばかりで次は15時49分。何と1時間以上も待つ羽目になり、駅を出て左手のリスタ・ディ・スパーニャ通りをぶらぶらして時間をつぶす。10分前に列車に乗り込んだ。中は暑い。車窓からの風景は農村そのもの、飼料用なのかとうもろこし畑が目につく。

のどかな車窓の景色を楽しみ17時すぎ、バッサーノ・デル・グラッパ着。降り立つと(車内が暑かったせいもあるが)アルプス麓の清々しい空気。

目指すはポンテ・ヴェッキオ(アルピーニ橋)。ところが地図を駅でもらおうとしたが案内所がない。とりあえず駅を出て若い男の子に方向と時間を訊ね、大きな川がありそうな方向へ行く。まず右へ行き、大きな道路(いかにも突き当たりは川のような感じだった)に出たので左へ曲がる。山々が見え、道が少し上っているのでそっちの方向だとあたりをつけ進む。途中、外国人(道を訊いたら「自分は外国からのツーリストだから分らない」と)、老人(この方は親切だった。歩き始めたら呼び止められ『お若けーの、そうそう、その方向じゃ』)、子供づれの母親にも訊ね、ポンテ・ヴェッキオの下に出た。

ポンテ・ヴェッキオをバックに写真をとり、それから橋へ行く。

下から見ると屋根がついている以外特にこれといった特徴もない木造の橋だが、実際に橋に行ってみると相当しっかりしている。幅は広く、ところどころにバルコニーもある。数年前のNHKのイタリア語会話(テレビ)で主人公が飲んだくれの伯父さんと再会したあのバルコニーだ。橋の上では何やら演奏もしている。そのまま橋を渡る。

この町で買いたかったもの、それはグラッパ。駅から橋までの途中、町の中を通らなかったため店も目につかなかったので、やむを得ず橋のたもとにあったみやげ物屋で1本買って橋を戻り、来た道を一目散に駅へ。

無理して行って滞在時間はわずか。あとで地図を見たらかなり遠回りしていたようだ。帰りを18時2分の列車に決めていたので時間に追われる感じ。やはり無計画は良くないと痛感させられたグラッパのふるさとへの旅だった。

【交通】
サンタ・ルチアからFS
(往)15:49→17:04 (復)18:02→19:11 1人 7.24ユーロ

◆買う
Grappa di Moscato(11ユーロ)
本当はもっと良い(高い)のが欲しかったがこの店で一番高いのがこれだった。

◆遊ぶ
■ポンテ・ヴェッキオ

Parma(パルマ) 2002/9/10

◆見る

ジェノヴァからマントヴァへの途中“食の町”パルマに途中下車。 目的は昼食、本場のプロシュートを味わうためだったが、結果的には裏切られた。

約2時間の列車の旅、パルマの駅でまず「荷物の一時預り」を探し、駅員にたずねたが『無い』とのこと。 やむをえずスーツケースをガラガラと引っ張って旧市街へ(これが個人旅行の不便なところ)。

IMG_0315

 

時間があまりないので、ドゥオモ洗礼堂だけの観光にとどめる。 おまけにスーツケースがあるので同行者の兄と交替でみる。

ドゥオモは後陣の《聖母被昇天》の絵とその右横の彫刻《キリストと聖人》が素晴らしい。洗礼堂の外観はピンク、中は荘厳な洗礼堂そのもの。キリストの絵が16面の壁に描かれている。中には夫婦1組と一生懸命メモをとる男性一人で静寂そのもの。

さらに洗礼堂の後方のサン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ教会に入ろうとして神父さんに『1分だけ』といわれる。1分後(?)には入口がしまっていた。このとき丁度12時。IMG_0316

 

待望の昼食を食べようとガリバルディ通りより駅方向に向かいながら、お店を探すがまったく見当たらず。  少し右折してみたりしたが、どうやら旧市街中心から遠ざかっていたため食の町らしき店はない。ようやく1軒見つけた小さなトラットリアに入る。親父さんと船越栄一郎似の息子がやっている店。味も普通でした。

◆食べる

■Trattoria L OCA NERA(via G.B.Borghesi,3/A43100 PARMA)

◎生ハム(プロシュート)とメロン(2皿)  ◎ゴルゴンゾーラのペンネ  ◎フンギのタリアテッレ  ◎ハウスワイン  計32.9ユーロ也。

◆遊ぶ

■ドゥオモ

■洗礼堂